2002年06月05日
トーノZEROアニメ感想ラーゼフォン total 2671 count

「曇り無きまなこで見定め、自分で決める」とはアシタカの台詞

Written By: トーノ・ゼロ連絡先

 今回のラーゼフォンは、おそらくシリーズ全体の転回点にあたると思います。

 主人公は、状況に流され続け、やっと見つけた場所すら、それが真実かどうか確信が持てなくなってしまいました。

 そこで、出された結論は、何もかも自分で見たことしか信じられないということ。

 そして、自分がかつて生きてきた東京ジュピターを見に行こうとします。それは誰に望まれたことではなく、自分自身が望んだこと。

 ラーゼフォンが単純ではないのは、このシチュエーションにおいて、様々な立場、価値観から、それを見守る人たちがいることです。同行する久遠、理解する者、驚く者……。

 今日、決定的なラーゼフォンとエヴァの違いの1つに気付いたような気がしますが、ラーゼフォンには大人が存在します。大人が存在するとは、子供が抱くどうしようもない気持ちを理解し、それが単なる言葉ではどうにもならないことを身体で分かっていて、それゆえにあえて語らず黙して見守る大人達が存在するということです。その視線を通じて見える世界は、建前上提示される作品世界とは、ちょっとばかり違うものだと言えます。1つの世界が、立場や世代の相違を通じて、複合的重層的に重なり合っている存在していることにより、様々な出来事が起こりえる場となっていると思います。

 名作とは、成長してから読み返すと異なる感想が得られるものであるとするなら、ラーゼフォンはその条件に該当するかも知れません。

 と~のは、ラーゼフォンを応援しています。


ご注意: このコンテンツは、「バーチャルネットライター と~のZERO歳」と呼ばれるサイトに書き込まれた内容を変換して、本サイトに転送したものです。このコンテンツの内容は、「と~のZERO歳」という仮想人格が書いたものという設定であり、謎のアニメ感想家トーノ・ゼロと限りなく近いものの、必ずしも同一人格ではないことをお断りしておきます。