2003年06月09日
川俣晶の縁側過去形 本の虫感想編 total 4036 count

平壌クーデター作戦 静かなる朝のために 佐藤大輔 徳間書店

Written By: 川俣 晶連絡先

 なかなか骨のある本で、読み通すのに苦労しました。

 骨がある、というのは、こういうことです。この本のほとんどが北朝鮮人を主人公に、北朝鮮を舞台に、日本人も出てこない状況で話が進んでいます。しかも、彼らは日本や日本人への好意など持っていません。あくまで自主独立の道を進みます。それでいて、筋の通った痛快で爽快な物語になっています。実に面白いことです。しかも、作者は日本人です。日本人の作家が、日本人に好意を持たない北朝鮮人達の自主独立の話を爽快に書き上げてみせる。これは実に面白いことだと思います。

 しかも、北朝鮮の状況をよく調べていますね。最後の付記を見ると、非公開資料も使っているようですが、かなりの調査をしているのでしょう。

 更に、物語と状況と展開の説得力というものが、なかなか大きいと思いました。特に中国やアメリカの立場というものが、私が感じているものと基本的に同じような考え方で貫かれて書かれているのが良いですね。このあたり、けっこう甘い考えの人達も多いので、こういうものが読めるのは良いことです。

 それから、何とも言えない優れた表現力は特筆されるべきものですね。

 たとえば引用すると。

 『狡猾と悪辣は、韓国人--ことに三十代後半から六十代前半にかけての--が抱く代表的な日本観だ、という偏見について矢神は語っていた。とはいえ、そう的はずれではないところが問題ではあった。いや、その世代の韓国人たちが信じている半分も日本人が狡猾で悪辣であれば、いまごろ世界の半分に日章旗が翩翻とひるがえっていただろうことが最大の問題かもしれなかった。』

 もうちょっと、インターネット上にしばしば見受けられる特別な趣味を持っている方々に分かりやすい部分を引用するなら、こんな文章も見られます。

 『たいへん失礼ですが、今の秋葉原が情報技術産業の一大消費地だと信じているのは愚衆政治術の習熟に日々研鑽されておられる東京都知事閣下と都の高級職員だけです。わたしはもちろんアニメやマンガや裸のかわいい二次元美少女が山のようにでてくる怪しげなゲームとその関連消費に大枚をはたく頼もしい三十過ぎの男性国民たちを相手にした店を開きます。』

 そして、最後には単なるハッピーエンドで終わることはなく、主人公の秘密に関して意外などんでん返しが用意されていることも、実に皮肉っぽくて面白いところです。

 もしかしたら、この本の最大の問題は、過度に面白すぎて、それに対応できない読者の方が多いだろう、ということかもしれません。