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2003年09月04日
遠野秋彦の庵小説の洞total 2456 count

人の形をしたものを狩れ

Written By: 遠野秋彦連絡先

 トムは、トラックの荷台から荷物を担いで降り立った。

 埃っぽい大地の上に、粗末な小屋といくつものテントが並んでいた。どれも埃っぽい色で、大地とにわかに区別が付きがたかった。

 それだけではない。

 そこに並ぶ車両群にも落胆した。

 やはり埃っぽい色のトラックが十両ぐらい。同じ色の小型4輪駆動車が数両。その奥に、ボロボロでくたびれたキューイチ、つまり91型戦車が3両いるだけだった。いや、キューイチはいるとすら言えなかった。1両は2門ある主砲の片方が無かった。もう1両は輪帯を全てばらして動ける状態ではなかった。最後の1両は、エンジンカバーを開いて、整備兵が数人首を突っ込んでいたが、エンジン音は不規則に咳き込んでいた。

 中でも、トムが最も落胆したのは、彼の憧れる人類連合軍最新鋭の汎用人型兵器のGロイドが1体も見あたらないことだった。

 そもそも、トムが開戦からだいぶ経過してから人類連合軍に志願した理由はGロイドにある。Gロイドの勇姿に惚れ込んで入隊を志願したと言っても良い。だからトムはGロイドのパイロットを目指した。だが、その夢は試験の成績にあっさりと打ち砕かれた。パイロット志願者は、試験の成績順に、汎用人型兵器、宇宙機、大気圏内航空機、戦車の順に教育コースが割り当てられた。トムの成績は、汎用人型兵器コースに届かないどころではなかった。彼は戦車コースに補欠合格という水準だったのだ。

 それでも、実戦部隊に来れば、せめてGロイドの実物を間近に見られるかもしれない、と彼は思っていた。もしかしたら、触らせてくれるかもしれない。あの強そうな巨大な人型兵器に。

 彼は思っていた。汎用人型兵器は、この戦争の花形兵器だ。人類連合は、敵国であるフリーダムの汎用人型兵器リュックに手もなくひねられ、そしてGロイドを量産して盛り返した。Gロイドこそが、連合軍の主力兵器であり、戦車など汎用人型兵器の前では赤子も同然。そんな戦車を未だに運用していることが、トムには理解不可能だった。全て汎用人型兵器にしてしまえば良いのに。

 「そこの若いの」と埃っぽい色どころか、本当の埃まみれの野戦服を着た下士官が声を掛けてきた。「新入りか? 行き先が分からないなら教えてやろうか」

 階級章を見ると軍曹だったので、トムは慌てて敬礼した。「自分は、トム・ハマナシ2等戦車兵であります。第997戦車大隊第1中隊第2小隊に配属になりました。ちゃ、着任の報告をしたいのでありますが、小隊本部はどこでありましょうか」

 「小隊本部なんて大層なものな無いな」と軍曹は言った。「棺桶乗りの連中なら、みんなあそこだ」

 軍曹は戦車の方を指さした。

 「はっ。ありがとうございます」

 トムは落胆を隠しながら言った。

 小隊本部が無いとは、要するに、それだけの建物も与えられていないと言うことだ。まったく期待されていない部隊なのだろう。

 このまま、実戦に参加することなく、この基地の埃の中に埋まりたくはないが、かといって、勝てるはずもない汎用人型兵器相手の戦闘に駆り出されて文字通り棺桶行きもイヤだな。そうトムは思った。

 宇宙紀元0097年。

 人類は宇宙に巨大な人口居住空間を作り上げ、増えすぎた人口をそこに移住させていた。だが、地球から最も遠い居住ブロック、フロンティア9は、地球に残る特権階級の牛耳る人類連合からの搾取に耐えかね、フリーダム共和国を名乗り独立戦争を仕掛けた。

 フリーダム共和国は、極秘に開発した画期的な汎用人型兵器リュックを投入し、設計思想の古い人類連合の宇宙戦艦を次々と撃破し、瞬く間に宇宙の支配権を手にした。

 汎用人型兵器リュックとは、ひと言で要約すれば、関節を持つアームを使って回転モーメントを発生させ、推進剤を使わずに向きを変えられるというアイデアを実現したものだった。向きを変えるために推進剤を使う旧世代の宇宙戦艦よりも効率よく機動することができるため、宇宙戦艦を圧倒することができたのだ。とはいえ、その兵器が人型である必然性はまったく無かった。それが人型であるのは、技術と物理法則に無知な出資者をその気にさせやすかったという理由しか無かったのだ。

 宇宙の支配権を奪われた人類連合は、やむなくフリーダム共和国との和平交渉を開始した。だが、ひとたびフリーダム共和国の国力はここまでの戦闘で既に疲弊しているとの情報が伝えられると、一転して人類連合は交渉のテーブルを蹴り、戦闘継続を宣言した。

 その結果、フリーダム共和国側も実力で人類連合をねじ伏せるべく、地上に大部隊を降下させアジアやアメリカ大陸の約半分を短期間で電撃的に占領した。だが、フリーダム共和国の快進撃もそこまでだった。戦線は膠着状態に陥った。蓄えた膨大な資産を元に、着々と反撃準備を整える人類連合に対して、フリーダム共和国はなけなしの装備を整備してそれに対抗するしかなかったのだ。

 そんな時代のある日のことである。

 「オレが小隊長のジョー・スミス中尉だ」と油まみれの服を着た男が言った。

 とても中尉殿らしい威厳は無かった。

 だが、トムに叩き込まれた習慣が反射的に敬礼をさせた。「自分は、トム・ハマナシ2等戦車兵であります」

 「いいところに来た。他の連中は手が離せない。ちょっと一緒に来い」とスミス中尉は言った。

 「どこへ、でありますか?」

 「手近の物資集積所だ」

 「襲撃するのでありますか?」

 「馬鹿野郎」といきなりスミス中尉はトムの頭をポカリと殴った。「味方の物資集積所を襲撃する馬鹿がどこにいる」

 「はあ、味方でありますか?」

 「3号車の燃料パイプのパッキンがおかしいんだが、予備がない。2号車の輪帯のピンもそろそろ寿命が怪しいのがある。早いところ調達しないと、次の戦いに差し支える」

 「補給物資は、段列が輸送すると教えられておりますが」

 「ああ、そうだとも」とスミス中尉はうなずいた。「その通り。だが、段列も消耗して、稼働できるトラックの台数が減っているんだ。その上、燃料、弾薬、食料、それに、他の必須補修パーツを運ぶだけで手が一杯だ。それ以上が必要なら、自分で取りに行く必要がある」

 「戦車で補給部品を取りにいくのでありますか?」

 「そうだ。こいつで行く」スミス中尉は指揮車両らしい主砲が1門足りないキューイチのボディを軽く叩いた。

 トムはいよいよ駄目だと思った。

 やはり戦車は、軍内部では、どうでも良い兵器と見なされているのだ。補修部品の受け取りのトラックまで提供されないとは……。

 「質問が無ければ、ただちに乗車。操縦の腕を見せてもらおうか」

 トムは諦めた。私物を小隊の他の者達に預けると、キューイチの側面のハッチを開いて乗り込んだ。

 スミス中尉はそのまま山のようなキューイチの車体に器用によじ登り、頂部の指揮官ハッチから身体を滑り込ませた。

 トムがインカムを付けると、すぐにスミス中尉からの命令が飛んだ。

 「発進。進路は全てオレは指示する」

 「了解であります。発進します」

 トムは、エンジンのスタータボタンを押した。外見はボロボロのキューイチだが、エンジンは機嫌良く一発で掛かった。トムは、ブレーキのロックを外し、アクセルペダルを踏み込んだ。オート・トランスミッションが自動的にローギアに組み変わり、エンジンのトルクが輪帯に伝達された。

 キューイチの巨体が、ゆっくりと動き始めた。

 基地を出ると、道があるのか無いのか分からないような荒れ地をキューイチは進んだ。時々方向修正の指示が来るだけで、スミス中尉は寡黙だった。

 トムは徐々に緊張が解けてくるのを感じた。実戦部隊と言っても、訓練と変わらないじゃないか。

 トムは車体の各方向に取り付けられたカメラの映像をチェックした。

 キューイチは、自動化されているため、最悪の場合、操縦手席から運転から砲撃まで、全て行うことが可能だ。しかし、現実には、一人の人間がそれだけのことを行うのは無理というもので、二人乗りが戦闘行動時の最低乗車人数であった。そして、二人乗りの場合は、どうしても見張りがおろそかになりがちなので、車体の奥に座る操縦手もできるだけ、見張りに気を配るのが義務であった。

 だが、所々に灌木の茂みや林があるだけで、敵が出てくる気配もない。前線基地の後方なんだから、そうそう敵が出てくるわけがないじゃないか。トムはそう思って自分を納得させた。

 「トムと言ったな」とスミス中尉が突然話しかけてきた。

 「はい、中尉殿」とトムは自分の背後、上部に座るスミス中尉を振り返った。

 「射撃の成績は?」

 「Bであります」

 「平均以上と言うことか」とスミス中尉はニヤリと笑った。「ちょっと寄り道して、その腕を試してやる。2時方向の林の中に、キューイチを隠せ。丁度いい標的が来る」

 トムは、標的とは何か質問したい気持ちをぐっと抑えて、キューイチの進路を変えた。

 林の中央には、うまくキューイチが入る空洞があった。いやに、キューイチのサイズに合った空洞だった。まるで、キューイチに合わせて用意されたかのように。まさか、こんな場所をあらかじめ用意してあったのだろうか。そこまで考えてトムはそのアイデアを打ち消した。まさかね。たかが時代遅れの戦車のために、そんな手間を使うものか。

 指示された場所に車体を滑り込ませると、林の外からは容易に判別できなくなった。少なくとも、トムはそう推測した。

 「ここで10分待機だ」とスミス中尉は言った。「エンジンを止めて冷やしておけ」

 「エンジンを止めると即応速度が落ちると教えられておりますが……」

 「赤外線を察知されるよりはマシだ。それから、射撃系統はバッテリー駆動で動かせるようにしておけ」

 「いったい何を撃つのでありますか?」

 「イイモノだ」

 「それはいったい……!?」

 「来れば分かる」

 トムはジリジリしながら、10分間を過ごした。もちろん、車体外部カメラからの映像は、穴が開くほど見つめた。何かが来ればそこに見えるはずだからだ。

 やがて、何かが地平線の向こうから出現した。黒い大きなシルエットと小さなシルエット。小さなシルエットは後方に何かを引いている。

 「中尉殿。何かが来ます」

 「何かではワカラン。何が来るんだ?」

 トムは、モニタの拡大率を調整した。そして、その黄土色に塗られた物体の正体を確認した瞬間に喉がカラカラになった。

 「リ、リュックであります!」

 「馬鹿、よく見ろ。あれはリュックじゃねぇ。出力強化型のガックだ」

 「ガ、ガックでありますか!?」トムの声はうわずった。「しかし、ガックは青いはずでは」

 「ガックが青いのは、フリーダムの宣伝映画の中だけだ」とスミス中尉は言った。「あんな目立つ色でウロウロする馬鹿は最前線にはいねえぞ」

 「ちゅ、中尉殿。逃げましょう。ガックを相手にキューイチで相手になるはずがありません!」

 「何を言ってるんだ。おまえがこれから、あのガックを仕留めるんだ」

 トムは絶句した。スミス中尉は狂っているに違いない。キューイチで汎用人型兵器、それも敵の最新型のガックを仕留めるだと?

 「いいか、命令通りにしろ。勝手なことをやったら、オレがおまえを殺す。いいな」とスミス中尉が言った。

 トムは震え上がった。

 「で、敵はガックだけか?」とスミス中尉がさりげなく言った。

 「い、いえ。その後方に戦車らしきもの。何かを牽引してます」

 「補給物資のコンテナを引いてるんだ」とスミス中尉は言った。「なるほど、そういうことか」

 「いったい、何がなるほどなのでありますか?」

 「昨日の戦闘で、ずいぶんフリーダムの汎用人型兵器に損害を与えたからな。こっちの制圧下を強引に突っ切っても、補修部品を運ぼうって寸法か。で、虎の子のガックまで護衛に付けたと」

 まるで自分がやったような言い方だな、とトムは思った。

 だが別のことをトムは質問した。

 「あの程度の補修部品に、それほどの価値があるとは思えませんが……」

 「じゃあ質問するが、あの補修部品が届かない場合と届いた場合とで、稼働可能な汎用人型兵器の数が何機変わると思う?」

 「2機か3機ぐらいでしょうか?」

 「いいや。過去の経験上、あれを叩けば稼働可能なリュックが10機は減るな」

 「まさか、10機も……」

 「戦車は壊れやすいが、汎用人型兵器はそれに輪を掛けて、もっと壊れやすい代物だ。よく覚えておけ」

 「しかし……。まさか……」

 「榴弾を装填して待て」とスミス中尉が命じた。トムは、訓練通りの手順で榴弾を主砲に装填した。しかし、主砲が1門しかないので、一度に1発しか発射できない。本来なら2門同時発射で、命中確率を30%アップできるというのに。

 ガックはキューイチに気付かないまま、更に接近してきた。

 駄目だ、とトムは思った。ガックの前面装甲を91型戦車の70口径155mm砲で撃ち抜くには、距離100メートルまで接近する必要がある。だが、ガックは、このままではもっと遠くを通過してしまう。しかも、それは徹甲弾を使った場合の話だ。榴弾では、貫通など望むべくもない。

 トムはそれでも撃とうと覚悟を決めた。上官には逆らえない、というのは訓練で身体の奥まで叩き込まれた原則だったからだ。

 しかしスミス中尉からの命令は無かった。

 トムはジリジリと待った。

 ガックはキューイチの目の前を通過して徐々に遠ざかり始めた。

 スミス中尉は最後になって理性を取り戻したのかもしれない、とトムはホッとした。

 だが次の瞬間容赦ないスミス中尉の命令が飛んだ。

 「戦術ボードで示した位置に照準」

 トムは訓練さながら反射的に砲塔を旋回させた。

 「てぇっ」とスミス中尉が叫んだ。

 トムは反射的に主砲のトリガを押し込んでいた。

 次の瞬間、トムはまずいと思った。

 このままでは、主砲弾はガックの機体ではなく、ガックのすぐ足下に着弾する。だが、スミス中尉は意に介さないように次の命令を発した。「徹甲弾装填!」

 トムは慌てて命令に従った。

 徹甲弾装填コマンドを打ち込みながら、トムはモニタ画面の中に信じられないものを見た。

 それは、爆風でぐらついたガックが、榴弾によって崩れた大地に足を取られて、地面に向かって倒れ込んでいく姿であった。ガックのオートバランス機構が機能しているのか、倒れるのを回避しようと、足を前に出そうとしているが、大地が崩れているので、支えにならない。しかも、吹き飛ばされた大地のカケラがどこかに挟まったのか、足が不自然なポーズから戻らない。そのままガックは大地に向かって一直線に倒れ込んでいく。

 「ガックの左膝関節ががら空きだ。徹甲弾を叩き込め」

 トムは予想外の展開が続き、何も考えられなかった。ただ、命じられた通りのことを、訓練された身体は遂行した。

 既に徹甲弾は装填されていた。

 トムはガックの膝関節の裏側に照準すると、即座に発射トリガを押した。

 トムは命中を確信した。相手は動きの止まった標的だ。自動照準システムを使った射撃なら、この距離で外すことは、そうそうあるものではない。

 「徹甲弾装填!」と次の命令が飛んだ。

 トムは反射的にその命令に従いながら、これを撃つことはないだろうと思っていた。モニタの中で、ガックの関節は精密部品をばらまきながら粉々に砕けていた。もうガックが立ち上がることはないだろう。人型兵器は、足1本では立てないのだ。そして、立った姿勢で運用されることが前提の人型兵器は、立てない状態では、能力は半分も発揮できない。もはやガックは無力に等しい。

 「何を見とれている。敵戦車が来るぞ」とスミス中尉の声がインカムに響いた。

 トムは我に返った。

 コンテナ車を切り離した敵戦車が、荒っぽく方向転換をして、トムの方に向き直った。

 「主砲を撃ったから、砲身が熱を持って、赤外線で丸見えだ」とスミス中尉は言った。「だが心配するな。敵戦車なんざ、キューイチの敵じゃない。地球人のメインバトルタンクは、宇宙居住ブロックなんかで作った出来損ないに負けるわけがない」

 「し、しかし敵戦車は砲塔が飛行できると聞きます」

 「あれはハッタリだ」とスミス中尉は断言した。「飛行中は位置が安定しないから主砲を撃っても当たらない。それにあれは飛行機能を持たないタイプだ。飛行機能を取っ払って主砲弾を余計に積んでいる改良型だ」

 トムは更に疑問を口にしようとしたが、次の瞬間、敵戦車が発砲した。

 巨大な衝撃がキューイチの車体を揺すった。

 「や、やられました!」

 「馬鹿、今のは直撃じゃないぞ」とスミス中尉の声が耳を叩いた。「敵が命中を出す前に、当てて見せろ。目標は、砲塔と車体の接合部だ。安心しろ、砲塔は絶対に飛ばん」

 「は、はい」

 トムは必死に照準して発射トリガを押した。

 だが、ガックには命中した主砲弾が、今度は嘘のように当たらない。敵戦車が高速で移動しているせいだ、とトムは思った。

 敵戦車がまた発砲した。

 「食いしばれ!」とスミス中尉が叫んだ。

 トムは反射的に車体の取っ手を掴み、歯を食いしばった。

 大きな衝撃が車体を叩いた。

 トムはスミス中尉が何かを叫んでいるのに気付いた。だが何を言っているのか分からなかった。

 ようやく意味が分かった。

 「主砲の発射管制をこっちにまわせ」

 トムは慌ててスイッチを切り替えた。

 手際よくスミス中尉は徹甲弾を装填すると、無造作に発射した。

 だが、それは吸い込まれるように、敵戦車のウィークポイント、砲塔と車体の接合部に飛んでいき、砲塔が空中に跳ね上がった。

 「やったー!」とトムは叫んだ。

 「馬鹿。喜ぶのはまだ早いぞ」とスミス中尉が叫んだ。「ガックのパイロットが、倒れたショックから回復しやがった」

 トムは慌ててモニタを見た。さっきの直撃のショックで、いくつかのモニタがブラックアウトしていた。だが、ガックの様子は分かった。ガックの自由に動く側の腕が、マシンガンを構えている。

 「ああ、駄目だ。リュックマシンガンの連射にキューイチが耐えられるわけがない」とトムは叫んだ。

 「馬鹿野郎。戦車乗りが、素人みたいなことを言ってるんじゃねぇ」

 次の瞬間、スミス中尉の放った徹甲弾が、ガックの手の中にあるマシンガンを直撃した。それは、ケースに収まった銃弾に引火して、爆竹のように連鎖爆発を起こした。その一部は、自らの持ち主たる巨人の身体に、醜く大きな傷跡を残した。

 ガックの乗員が、コクピットから這い出して来るのが見えた。白い布を必死に降っていた。

 「ちゅ、中尉殿!」とトムは叫んだ。

 「ああ、俺たちの勝ちだ。初陣にしてはよくやった」スミス中尉は満足げにうなった。

 トムはスミス中尉とその場にとどまる羽目になった。意図せぬ遭遇戦だが、フリーダムの虎の子であるガックの撃破と、補修部品の確保という戦果はあまりに大きかった。すぐに調査団を載せたVTOL輸送機が飛来するという連絡があり、それまでの間、トムとスミス中尉は、捕虜と戦利品の見張りとして、その場に止まるよう命じられたのだ。

 スミス中尉はすぐに通信の相手に噛み付いて、受け取りに行くはずだった補修部品を輸送機に積み込ませることに成功した。

 連絡が終わると、輸送機が来るまで、手持ちぶさたになった。

 思い切ってトムは質問してみた。「中尉殿。質問してもよろしいですか?」

 「なんだ?」

 「キューイチでガックを仕留めたなんて、未だに信じられません。どうして、そんなことができるんですか?」

 「戦車乗りとして、まともな教育を受けていないようだな」

 「短期養成コースでしたので」

 「キューイチは最強の戦車だ。陸の王者だ」

 「しかし、戦争の始めの頃はリュックにずっと負けていたではありませんか」

 スミス中尉は笑った。「あれは理由がある」

 「どういうことですか?」

 「キューイチは、元々、地上の反人類連合ゲリラを叩き潰すために開発された戦車だ。延命改造を受けたT-80だのエイブラムスだのを圧倒的な装甲と火力でねじ伏せるよう開発された。だが、本当に圧倒的だったから、あっという間にゲリラどもは消えて無くなった。そこで、キューイチを警備活動に、という意見が出たが、いかんせんキューイチは重すぎる。そこで、装甲板や自動装填装置を外して軽量化して運用していた」

 「つまり、本来の装甲を減らして使っていたキューイチがリュックと戦ったと言うことでしょうか?」

 「そうだ。しかも悪いことに、キューイチの運用マニュアルは、旧型戦車相手の場合しか想定していなかった。つまりだな。キューイチの主砲は、どんな敵戦車であろうと前面装甲を撃ち抜けるという前提で作られたマニュアルだ。要は、命中率を上げるために、真ん中を狙え、と言うことになっていた」

 「リュックの真ん中、というと胸部ですか?」

 「そうだ。そこはリュックでいちばん装甲の厚い部分だ。そこを狙っても撃ち抜けないので、キューイチは無力だと誤解された。だが、戦車もそうだが、汎用人型兵器も全体が同じ厚さの装甲で守られているわけではない」

 「分かりました。でも、やっぱり分かりません」

 「おいおい、どっちなんだよ」

 「みんな言ってますよ。第2次大戦で、航空機の出現で戦艦が不要になったように、汎用人型兵器の出現で戦車は不要になったと。なのにどうして……」

 「そりゃ詭弁ってもんだ。確かに、航空機の出現で戦艦が不要の時代は来たさ。でもな、航空機が出現することで戦車が不要になったという歴史は無いんだぜ」

 「ですが、それでもあの強力な汎用人型兵器にキューイチで勝てるなんて……」

 「汎用人型兵器のどこが強力だ」とスミス中尉は笑った。「汎用人型兵器の強さなぞ、プロパガンダに過ぎないぜ」

 「しかし……」

 「見ただろう。榴弾一発でバランスを崩す。しかも、脆弱な関節だらけ。武器は手持ち式だから、装甲の外側にあって、当たりさえすれば破壊は容易。あれが汎用人型兵器の真の姿だ」

 「それじゃ、汎用人型兵器よりキューイチの方が強いというのは本当のことですか?」

 「それは状況によるな。だが、汎用人型兵器よりキューイチの方が有利だ。汎用人型兵器はすぐに居場所がばれる」

 「直立歩行で遠くからでも目立つからですか?」

 「それもあるが、歩行すると特有の大きな振動を発するから長距離でも歩いているのが分かるんだ」とスミス中尉は、主砲が取り外された場所を指さした。「だから、主砲を1門外して、聴音機のたぐいを詰め込んであるのさ。事前に汎用人型兵器の接近を察知して、物陰に隠れて待ち、後ろから関節を撃ち抜く。これで、たいていの汎用人型兵器は倒せる」

 「その方法では、例の新型は駄目ですね」

 「黒いやつか?」

 「はい。ホバー移動という噂ですから」

 「まあな。でも、きっと方法はある」とスミス中尉はニヤリと笑った。

 「でも」

 「いいか」とスミス中尉は自分の頭を指さした。「ここをもっと使えよ」

 「頭を、でありますか?」

 「この世界に弱点のない兵器、死角のない兵器なんてものは無いんだ」とスミス中尉は言った。「確かに最初は、オレだってリュックに勝てる自信なんて無かった。だがな、ひたすら粘って観察して考え抜いたら道は開けた。無敵の兵器なんてものは無いんだ」

 しばし、トムは考え込んだ。

 風が二人の間を吹き抜けた。

 「あの。だとしたら、なぜ敵も味方も必死に汎用人型兵器を製造しているんでしょうか?」

 「さあな」とスミス中尉は空を見上げた。「偉い人が汎用人型兵器への恐怖症に掛かってるからじゃないかな?」

 「そんなことってあるんですか?」

 「偉い人はどうせ現場のことなんか分かっちゃいないのさ」

 下っ端のトムには、その意見に答えようがなかった。

 遠くからVTOL輸送機のエンジン音がかすかに聞こえてきた。

 スミス中尉がぼそっと言った。

 「雲の上の話は考えてもどうにもなりはしないさ。だが、俺たちは誇り高きキューイチ乗りで、俺たちには狩るべき獲物がある。それだけで十分じゃないか?」

 トムは、キューイチを見上げながら思った。

 さっきまで埃っぽい鉄の塊にしか見えなかったのに、今は精悍な肉食獣に見える。

 突然、トムはこの世界の真実に目覚めたような気がした。

 そうだ。キューイチは猛獣だ。そして、人型の兵器を狩る。凄いことじゃないか。俺たちはハンターなのだ。誰が好きこのんで、狩られる側にまわる必要があるというのだ。

おわり

(遠野秋彦・作 ©2001,2003 TOHNO, Akihiko)

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