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2003年10月30日
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平成の悪夢 (連載最終回)

Written By: 遠野秋彦連絡先

平成の悪夢 (連載第1回)

平成の悪夢 (連載第2回)

平成の悪夢 (連載第3回)

平成の悪夢 (連載最終回) §

 美しい悲鳴が無田の耳を打った。

 無田は、ハッと目覚めた。

 情事の後、眠り込んでいたらしい。

 寝台の上、隣で寝ていた初音が、身体を起こし、荒い息をしていた。

 「どうかしたのか?」と無田は問いかけた。「怖い夢でも見たのか?」

 初音は小さくうなずいた。それから、言葉を口にするするまで、長い時間が掛かった。それは、初音が感じたショックの大きさを物語っているようだった。

 「子供が奪われそうになったの」そう初音は言った。

 「子供? 誰の子供だい?」

 「私の子供……」

 「君はまだ子供を産んでなどいないはずだろう?」

 「夢の中では産んでいたの」

 「夢の中か……」ふと、無田の頭に平成の悪夢という言葉が思い浮かんだ。だが、すぐにそれを打ち消した。あれは、リー・スミスという男の夢だ。

 「シュウトメに、取られそうになったの」

 「シュウト……、なんだそれは?」

 「夫の母親よ。夫の家に嫁として入って、いじめられるのよ」

 嫁に入る? 嫁入り婚のことか? 確かに、さっき、そんな話をしたが……、と無田は思った。

 「まさか、さっきの嫁入り婚の話のせいか? それで夢に見たのか?」と無田は言ってみた。

 「そうかもしれないわね」とまだ少し息が整わない初音は答えた。

 無田は初音を落ち着かせようとして言った。「もっと詳しく話してごらんよ。夢は夢。現実とは違うことを確認できれば、そんなに怖いものではなくなるから」

 「そうね」と初音は言った。「夢の中の私は、本当の私ほど美しくはなかったけれど、とても自惚れていたの。まあ、平均よりは美しかったけれど、飛び抜けて美しいと言うわけではなかったわ。でも、熱心に一流企業の若いサラリーマ、いえ賃金労働者達と仲良くなって、その中でも一番の出世頭の心を射止めて、結婚を申し込ませたの……。それで、人生の成功者になったと思っていた。なんて馬鹿なのかしら」

 無田は、初音が途中で言いかけた未知の単語、サラリーマのことが気になったが、続きをうながした。

 「それで?」

 「夫は良い人だったけれど、夫の母親は残酷な人だったのよ。それでも、子供さえできればと思って頑張ったけれど、子供ができたら、その子を取り上げられてしまいそうになっているの。私に家事を押しつけて、忙しい間に子供を連れ去ってしまうの。何日もの間、子供と親戚の家に行ってしまうのよ。それで文句を言えば、逆に品がないと怒られてしまうの。もう、やってられないわ」

 「でも、それは夢の中の世界のことだ。この世界のどこに、子供を連れ去る夫の母親がいるというんだ。子供は母親の家で育てられるのが普通なんだから。母親の母親が連れ去るのならともかく……」

 「そうね。それはそうだわ。でも、無性に悔しいわ。夢の中の自分の愚かさが悔しいわ」

 「そんなことは気にしない方がいい」

 「だって、トウキョウにさえ出てこなければ、こんなことにはならかった、なんて後悔してるのよ。あんな馬鹿、どこでだって、同じ失敗をするに決まっているのに」

 無田は、その言葉を聞き流してから、そこに含まれる衝撃的な言葉に気付いた。

 初音は、トウキョウと言った。

 アズマノミヤコとは言わなかった。

 まさか、そんな馬鹿なことが。無田は思った。トウキョウとは、リー・スミスが口にした、平成の悪夢の世界のアズマノミヤコの呼び名ではないか。

 「初音」と無田は慎重に言った。「もし分かったら教えて欲しい。夢の中の世界で、織田信長はどうやって死んだ?」

 初音は驚いたように、無田の顔を見つめた。髪は少し乱れていたが、無田を見つめる大きく見開かれた瞳とうまくマッチして、とても美しく見えた。

 「ほら、なんとか寺で殺されたのよ」と初音は言った。「なんとかっていう人に。ああ本当にいやになるわ。夢の中の私は馬鹿で。学校で習ったはずなのに」

 「殺した相手は、明智、と言わなかったかい?」

 「明智光秀!」と初音は叫んだ。

 無田は、明智としか言わなかった。それなのに、初音は光秀とまで言うことができた。この世界の人間なら、まず知っている者はほとんど居ない無名の名前だというのに。

 無田は、それでも思い違いであることを期待して、もう1つの質問を行った。

 「夢の中の世界の年号は何というか覚えているか?」

 「それは分かるわ。平成よ……」

 無田は、その言葉に応えることができなかった。

 理由は不明だが、平成の悪夢は、リー・スミス個人のものではなかった。初音も、同じ夢を見ているとしか思えない。

 そして、無田には、それが何を意味するのか、皆目見当が付かなかった。

 ただ、1つ確かなことは、平成の悪夢が1回限りである保証はないことだった。おそらく今後も繰り返し初音を苦しめるだろう。そう予測できることが、無田の心に大いなる苦痛を与えた。

 大形旅客機は、北京空港を目指して高度を下げつつあった。

 北京が、東亜連邦の首都となるのは、歴史上これが3回目であった。東亜連邦は、特定の場所に首都を置かず、遷都を繰り返してきた伝統がある。東亜連邦結束の象徴として、首都は東亜連邦内のあらゆる場所を転々としてきた。それによって、あちこちの都市の住人が、自分たちは東亜連邦の首都を支える重要な役目だという自覚を持つ機会を与えられた。それは連邦が1つの国家として生まれ変わるために、重要な役割を果たす出来事であった。そして、様々な土地を経ていくうちに、様々な土地の文化や風土を吸収し、皇室も国際色豊かに変貌した。

 とはいえ、遷都先は、適当に決められたわけではなく、常に重要な意味が込められていると言われていた。最初に、北京への遷都が行われたときは、まだ東亜連邦に敵対的であった大陸の人々に、東亜連邦は占領者であることを印象づけると共に、彼らと皇室を馴染ませる目的があったと言われている。2度目は、極度の不景気で設備の整った既存の都市に遷都する以外の選択が無く、東亜連邦で最も整備された大都市とされた北京が選ばれたという。そして、3度目の今、北京が首都となっているのは、中華民族主義者によるテロに揺れる大陸の不安を払拭するため、と言われていた。もちろん、混血が進むこの時代、中華民族主義者を自称する者達が、本当に伝統的な中華民族であるかは疑わしかった。だが、社会の不満へのはけ口が与えられれば、そこに流れれていく者達は存在する、というのは確かなことだ。

 無田は窓から接近してくる巨大な空港を見下ろしながら思った。

 3度目の北京への遷都。テロの不安を払拭するため、と言われているが、本当にそうか分からない。

 無田は、実は2度目と同じく、経済的な理由からの遷都と思った方が正しいような気がしていた。確かに不景気ではない。しかし、首都が必要とする都市機能は肥大化の一途を辿っている。予算面で、何もない荒野にいきなり遷都を決行するのは、もはや現実的ではない。とすれば、首都機能を持った既存の都市を転々と巡っていくしか、もはや選択の余地はないのではないか。そして、首都機能の肥大化は、生半可な都市にはもはや遷都できないことを意味する。より大きな都市を選んで転々としてきた結果、東亜連邦最大の都市と言える北京に来てしまっただけのこと。テロは、北京に遷都する良い言い訳、というわけだ。

 無田は、空港から高速無軌道鉄道に乗り換えて、一気に市街中央部に移動した。

 観光客目当てに建設された鉄道は、終着駅が皇居前になっていた。改札を出ると、目の前が皇居の門だった。別の鉄道に乗り換えるためには、門の前を通らねばならない。そして、門の前では、人種も様々な観光客達が、天皇陛下に万歳を叫んでいた。

 彼らに近づいていくと、万歳を叫ばない無田をいぶかしげに見る視線が集まった。

 もちろん、万歳の斉唱義務など存在しない。義務はないが、東亜連邦の国民なら、ここに来れば万歳を叫びたくなるのは当然のことだった。つまり、国民は投票や議会を通じて、ここにいる国家最高権力の天皇陛下を動かす権力を持っている。一人あたりの権力など微々たるものだが、彼らの選択に従って動くことを義務づけられた天皇陛下という存在がここにいる、と思えば万歳を叫びたい気分にもなるのだろう。

 無田は、そんな気分とは無縁であったが、周囲の視線は痛かった。だから、門の前で直立不動の姿勢を取ってから、万歳を三唱した。それを見た周囲の観光客達が拍手をしてくれた。

 無田は彼らに礼をしてから、慌ててそこから立ち去った。

 そこから、無田の目的地はそれほど遠くはなかった。地下鉄道で、ほんの一駅だった。

 東亜連邦文化教育省の入り口には、ものものしい衛兵が立っていた。おそらくテロを警戒しているのだろう。

 無田は彼らの間を抜けて入り、窓口に進んだ。そして、ここで仕事をしているはずの恩師、野口先生に会いたいと告げた。

 窓口にいた、目が大きく陽気な女性は、私に任せて、という感じで片眼をパチッと閉じて見せた。

 だが、内線通話機で連絡する内に、陽気そうな雰囲気は消え去った。そして、氷のような冷たい視線で、「そのような方は、ここにはおりません。お引き取り下さい」と言った。

 一切の質問を拒絶する雰囲気に、無田は引き返すしかなかった。

 だが、建物の外に出たとき、思いもかけない幸運が無田に微笑みかけた。

 丁度到着した大形自動車の扉が開き、十名ほどの男達が降り立ったのだ。その中に、無田は恩師の姿を見つけた。

 「野口先生!」と無田は駆け寄った。

 「おお、無田君。こんなところで会えるとは奇遇だな。いや、困った。無田君、ここでは会わなかったことにしてくれないかね」

 「それは構いませんが、こちらもどうしても相談したいことがありまして」

 「すまんね。本当は君のためなら時間を取りたいところだが、そうも行かないのだよ。問題も、分からないことも、何もかも山積みで……」

 「こちらも緊急の用件なんです」と無田は言った。

 「すまん。本当に時間がないのだ」と野口は建物に向かって歩き始めた。「来週にはアズマノミヤコに戻るから、そのときに何としても時間を作ろう」

 「待ってください。私の知り合いの女性が大変なことになっているのです。3日に一度は悪夢にうなされて」と無田は野口に食い下がった。

 「悪夢なら、私より、心理医術師に見せるのが筋だろう」と野口は、無田に背中を見せたまま言った。「そういう相談でも乗ってあげたいが、私にできることは少ない」

 「そうではありません。歴史についての見解を伺いたいのです」と無田は野口に背中に叫んだ。「この歴史は必然ですか? 東亜連邦のこの繁栄は、絶対に起こるべくして起こったことだと言えますか?」

 野口は無言のまま振り返った。その表情は、さっきまでの善良な老人とはまるで違っていた。刺すような狩人の視線が無田を射た。

 「君は何が言いたいのだね?」と野口は言った。

 無田は面食らった。野口のこんな厳しい表情は滅多に見たことがなかった。普段は温厚な野口らしくなかった。

 「もしや君も、見るのかね、夢を……」と野口は言った。

 「いえ、私は……」と無田は口ごもった。

 「まあいい。来週話をしよう」と野口はさっと振り返って歩き始めた。

 「待ってください」と無田は叫んだ。「初音を、あと1週間も平成の悪夢に晒しておくわけにはいかないんです!」

 そう言い終わった瞬間、野口の背中がピンと伸びた。そして、野口の腕が無田の身体を抱き寄せた。

 「それ以上は言わないこと」と野口は無田の耳に囁いた。

 そして野口は、一緒にいた男達に向かって言った。「見つかりましたぞ。事情を把握していて、秘密厳守。しかも優秀な助手が」

 男達は、顔をほころばせて、「それは助かります」「少しは睡眠時間が取れるようになるかな」「よろしく頼むぞ」などと言った。

 「いったいどういうことですか?」と無田は戸惑いながら野口に質問した。

 「たった今から、平成対策委員会の委員になってもらう」

 「平成……対策委員会?」

 「何人もの男女が見る共通の夢の世界。平成という年号の時代。明智光秀が織田信長を本能寺で殺した歴史を持つ異界。君は、それを平成の悪夢と名づけたのか。うんうん、それは言い得て妙だな」

 「それでは野口先生も……」

 「私は見ていないが、既に平成の悪夢を見る者は、数万人を超えている。彼らは、この世界と平成の世界、どちらが現実か、確信を持てなくなりつつある。もし、この世界が夢だと思えば、真剣に生きようとしなくなるだろう。それは社会不安を引き起こす。実は、テロと呼ばれている事件の一部の犯人は、平成の悪夢を見ていることが分かっている」

 「まさか」

 「本当のことだ。平成の悪夢は、この東亜連邦の繁栄を脅かしかねない。そういう危機感を政府は持っているのだよ」

 「それで野口先生は、秘密の仕事として、それを……」

 「そうだ。だが今日からは君も仲間だ。それとも嫌かね?」

 無田は考えた。少なくとも、野口の仕事を手伝えば、平成関係の最新情報が手に入る。そうすれば、初音を助けることにも役立つだろう。断る理由はない。

 「とんでもありません。喜んで、お手伝いさせて頂きます」

 無田は、野口に大きくうなずいて見せた。

 大陸の風が、彼らを包み込むように吹き抜けた。

おわり

(遠野秋彦・作 ©2001,2003 TOHNO, Akihiko)

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