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2004年08月19日
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アキハバラ奇譚ズ 第8話 『騾馬は安芸奇譚』

Written By: 遠野秋彦連絡先

アキハバラ奇譚ズ 第7話 『羽原亜希奇譚』より続く

 「編集長! 今度こそ素晴らしい奇譚を発見しました!」とボケ太が編集部に息を切らせながら飛び込んできた。

 「まだキャラクターの話じゃないだろうな」

 「何をおっしゃっているんですか」とボケ太はニッコリと微笑んだ。「編集長、バーチャルは受け付けないってことは、しっかり学習しましたよ。ちゃんと実物の形のある話を見つけてきましたよ」

 「形があっても、フィギュアや宣伝ポップは駄目だぞ」

 「それも分かってますよ。そんな、お年寄りの編集長がついて行けない若者オンリーの話題は避けてますって」

 とてもムカッとする表現だが、それよりもボケ太が探してきたという奇譚の方が気になった。バーチャルでもなければフィギュアでもないとすると、いったい何だろうか。あ、そうか。

 「分かったぞ。鉄道模型だろう」

 「ふっふっふ。編集長が模型の情緒も分からない朴念仁だと言うことも学習済みです」

 そこまで言うか、と私は思った。しかし、ますますボケ太が見つけてきた奇譚が何か気になった。

 「もったいをつけないで、早く言え」

 「はい、もちろんです。題して『騾馬は安芸奇譚』です。アキハバラの裏手の方でですね。安芸産の騾馬を買いたいという外国人が殺到していると言うんですよ」

 いきなり、ボケ太の口から予想外の言葉が出てきて、私は驚いた。騾馬? 安芸? これまでのゲームやフィギュアや鉄道模型の話題とはずいぶん違うぞ。

 そんな私の驚きにはお構いなく、ボケ太は話し続けた。

 「安芸市というのは、どこかご存じですか?」

 「えーと、どこだったかな。西の方だと思ったんだが」

 「高知県です。南国土佐ですよ。太平洋の荒波に向かい合った良いところです。と言いたいところなんですが、一度も行ったことがありません。出張扱いで遊びに行っていいですか?」

 「遊びなら駄目だ。しかし、どうして高知なんだ? アキハバラの奇譚を探して来いと行ったはずだが」

 「はい。だからですね。アキハバラの奇譚なんですが、話の発端は高知にあったんですよ」

 「発端? 何があったというんだ?」

 「何ヶ月か前の台風の夜にですね、安芸市の沖で貨物船が難破したんです。積荷にはたくさんの騾馬がいたそうですが、ほとんど溺れて死んでしまったそうです。しかし、中には生き延びたのも何頭かいて、もちろん台風の海を生き延びるぐらいだから特に頑丈な騾馬ばかりだったそうですよ。ああ、ところで騾馬って知ってますよね?」

 いきなりの質問に、私は狼狽した。「ロバの親戚だったかな……」

 「やだなぁ。編集長ったらボケるのが上手いんだから。雌ウマと雄ロバとの一代雑種。ロバより大きく粗食に耐え、体質は強健でおとなしいそうですよ。南ヨーロッパ・西アジア・アフリカの一部などで使役用とされているそうです」

 「おまえが、そんなに家畜に詳しいとは知らなかったな」

 「事前に大辞林を見て暗記したに決まってるじゃないですか。あ、もちろん暗記した内容は試験が終わるとみんな忘れちゃいますけどね」

 試験って何だよ、と私は思ったが、それよりもボケ太の持ってきた話の続きが気になった。これまでの話とは、あまりにも雰囲気が違いすぎるのだ。

 「それで、その騾馬がアキハバラとどうつながるんだ?」

 「はいはい、それなんですよ。騾馬を預かった農家というのがありましてね。そこの次男坊がアキハバラで店を出していたんですよ。そして、ちょうど帰省中で騾馬を海から引き上げるのを手伝ったりしたんですが。そのあと、生き残った騾馬を引き取ってくれと荷主と交渉しようとしたんですが、船が難破したせいで荷主は倒産。騾馬は所有権を放棄されてしまって、預かった農家も途方に暮れてしまったわけですよ。騾馬などずっと飼っていられませんからね。売りたいと思った訳ですが、騾馬は日本では使われていませんからね。高知あたりでは買い手もいないわけですよ。そこで、東京なら買い手もあるだろう、更には外国人が出入りするアキハバラなら絶対に騾馬も売れるはずだという理屈を付けてですね。騾馬はアキハバラで店を出している次男坊に押しつけられたって訳です」

 「なるほど。そういえば、騾馬を積んだ船が座礁したってニュースを昔聞いたな」

 「さすが編集長!」とボケ太は嬉しそうにうなずいた。「さてここからがアキハバラでの話です。アキハバラの裏の方で、騾馬を売ろうとした次男坊。もう早く手放したい一心で、騾馬が使われていそうな国の人に片っ端から声を掛けて、安芸で難破した船の生き残り騾馬と称して破格の安値で売り込んだそうですよ。そうしたら、すぐに買い手が付きましたね。アキハバラに出入りする外国人は技術者というよりは商社みたいなものだから。儲かりそうな商品はめざとくすぐに買っていくわけですね。そこで、騾馬があっさりと完売と言うわけです」

 「なるほど。電気の街、アキハバラで騾馬が売られる。なかなか興味深い奇譚だな。良くやった」

 「ちょっと待って下さい。話にはまだ続きがあるんです」

 「なんだって?」

 「その騾馬がですね。買っていった商人達の故郷で大きな反響を呼んだのですよ。特に屈強でよく働くと。そこで、アキハバラに行けば、こんな騾馬が買えるという噂が広まってですね。ドッとアキハバラに騾馬の買い出しに来る人達が押し寄せたんですよ」

 「なんだって!?」

 「しかも、話が途中ではしょられて、安芸で難破した船の生き残り騾馬だったものが、いつの間にか安芸の騾馬と言うことになってましてね。安芸市で飼育されている騾馬だとみんな思い込んでいたのですよ。一部の目ざとい連中は直接安芸市に買い付けに行ったらしいのですが、当然あそこで騾馬なんか育ててはいません。買えるわけがないんです。でも、彼らは誤解しました。きっとアキハバラの商人を通してでないと売らないのだろうってね。それでますます、騾馬を求めてみんなアキハバラの裏通りに殺到したってわけです」

 「それでどうなったんだ?」

 「そう。それです!」とボケ太は嬉しそうな顔になった。

 「やはり、何か続きがあるのか?」

 「はい、ここが肝心。商人達は口々に言ったというのですよ。騾馬は安芸に限る」

 その瞬間に私は気付いた。

 つまりは、落語の目黒のサンマなのだ。目黒まで馬で駆けたお殿様は腹が減って仕方がない。そこで、本来お殿様が食べるような魚ではないサンマを、美味そうに焼いているのを見てしまったのだ。お殿様は、それを食して美味さに感動してしまうのだ。空白は最高の調味料ということもあるし、旬のサンマはそもそも美味い。その後、お城でもサンマを食べたいと思ったお殿様は、お城で調理したサンマを食べてみるのだが、これが不味い。いちばん良いサンマを取り寄せたのだが、いろいろとお殿様に気を使ってサンマの美味しいところが全て抜け落ちたものが出されたのだ。お殿様は産地を聞くと、どこに良いサンマがあるかも知らないので、目黒産のサンマが美味いのだと誤解してしまう。そして、「サンマは目黒に限る」と言ってしまうのだ。

 「なるほど」と私は自分に向かってうなずいた。「オチを付けたわけか」

 「編集長、オチついて。なんか怖いですよ」

 「そりゃそうだろう。ちょっとはマシな奇譚を探してきたかと思えば、落語の焼き直しのオチじゃ記事にならん!」私の蹴りが決まって、ボケ太の身体が軽やかに宙を舞った。

 「もう一度取材に行ってこい」と私は出口をまっすぐ指さした。

 「オチは駄目か。じゃあ、ヤマ無し、オチ無し、意味無しの3無い主義、略してヤオイなんていうのを試してみようか」と宙を舞ながら他人事のようにボケ太がつぶやいた。

アキハバラ奇譚ズ 第9話 『牙は粗奇譚』に続く

(遠野秋彦・作 ©2004 TOHNO, Akihiko)

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