2004年09月17日
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宮崎アニメの暗号 青井汎 新潮社

Written By: 川俣 晶連絡先

 なんとなく、トンデモっぽい変な本かな、という第1印象で読み始めましたが、中身は非常に面白いものでした。

遡られるキャラクターのルーツ §

 単純に、宮崎駿=エコロジストのような短絡的な評価をする人は多いですが、それは自分の願望を投影しているだけで、まったく妥当なものではありません。あの宮崎オヤジがそんな単純で軽薄であるわけがないのです。というあたりまで話が進むことは多いのですが、じゃあエコロジストでなければ何なのか、という深い部分まではあまり話が進みません。

 この本は、(妥当な解釈かどうかの評価は別として)その深い部分にまで話が進んでいるという点で、特異的だと思います。

 たとえば、もののけ姫のシシ神のルーツを辿って、中国の麒麟からゴヤの巨人、そしてケルトを通って、ギルガメッシュ叙事詩に至り、最後には太古の壁画芸術にまで遡ります。それらは多重的にシシ神というキャラクターを構成していると言います。つまり、単純に何か単一のものを投影しているとは言いません。

 たった1つの解釈に収斂させないことは、あるべき知性の発露に思える、という点で好感できます。

注目される堀田善衞 §

 この本では、堀田善衞の名前が何回か出てきます。それが、宮崎駿にとって重要な名前であるとしています。(宮沢賢治などと並んで)

 それと比較して、もののけ姫などを論じる際によく出てくる歴史学者の網野善彦の名前は出てくることは出てくるだけで、ほとんど重要な名前としては取り上げられていません。

 このギャップは興味深いと感じたのと同時に、ちょうど私自身も始めて読む堀田善衞の著作として「路上の人」を3/4ぐらいまで読み進んでいて、非常に感銘を受けていたところでした。堀田善衞という価値観軸を立てて、そこから宮崎駿作品を見ると言うことは、(それまでそのようなことを行っていなかった私としては)面白いチャレンジになるかもしれません。

 ただ、(正しいかどうかは分かりませんが)、もののけ姫の中で、網野ファンであれば網野史観の表現として喜ぶであろう箇所を時代考証的に誤りとして、より象徴的な解釈を立てようとしているような印象を受けました。しかし、そのあたりは差し引くとしても、これは面白い本だと思いました。むしろ、作品は重層的に成立しており、個々の解釈のいずれも正しく、それらが作品中に重なり合って存在しているという解釈の方が正しそうな気がします。だから、いずれの解釈を楽しむのも、おそらくはありでしょう。そして、解釈を1つに限ることは、おそらく不適切でしょう。そのような考え方は、この本の中でも語られていると思います。