2004年12月23日
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旧式宇宙戦艦100万光年の旅

Written By: 遠野秋彦連絡先

 時に西暦9999年。

 地球は、謎の遊星『ガミガミオヤジ』の攻撃を受けていた。

 星に『ガミガミオヤジ』という名前を付けるセンスは良く分からないが、しょせんは未来人のすることである。大目に見てやって頂きたい。

 さて、遊星『ガミガミオヤジ』の住人も、祖先は地球人である。遠い昔に、宇宙開拓の希望に燃える多くの地球人が宇宙に旅だったが、その一部の子孫が『ガミガミオヤジ』星人なのである。しかし、そんな遠い昔のことなど誰も気にしてはいなかった。

 しかし、西暦9999年の地球と言えばあらゆる資源を取り尽くした何もない貧乏な星である。一方、遊星『ガミガミオヤジ』といえば、宇宙の大国の盟主である。そのような豊かな『ガミガミオヤジ』がなぜ地球になどを攻撃したのか。

 それには深い理由がある。

 遊星『ガミガミオヤジ』の総統『デスマス』は、正妻から逃げ出して愛人とお忍び辺境旅行を行っていた。そこで『デスマス』は地球と出会ったのだ。まさに何もない星に『デスマス』は感動した。何しろ、『デスマス』は豊かな星と飽食の時代しか知らないので、何もない星には新鮮さを感じてしまったのだ。もちろん、この当時の宇宙にも貧乏な星はいくらでもあったが、地球ほど徹底的に何もない星は珍しかった。

 正妻に付けられた心の傷を癒すには、この星が最適だ、と『デスマス』は思った。そこで、星全体を自分の別荘とすべく、地球の住人にこの星を明け渡せと迫った。

 驚いたのは地球人達である。このような何もない星を欲しがる者がいるなど、予想もしていなかったのだ。しかし、何もない星であるから貧乏である。貧乏ゆえに、星を明け渡して他の星に引っ越しする資金も無い。

 そこで、地球人達は、公式に『デスマス』の要求を拒絶した。

 もっとも、地球人達は、それ相応のお金さえもらえれば明け渡しても良いと思っていたのだ。拒絶は交渉を有利にするためのテクニックに過ぎないつもりだった。

 ところが、『デスマス』はそうは受け取らなかった。彼らをよくある偏屈な辺境人達と混同した。つまり、交渉そのものが拒絶されたのだと思い込んだ。

 『デスマス』はすぐに軍隊を呼ぶと、地球に放射能爆弾の雨を降らせた。目に見えない放射能に、ジワジワと冒されていく恐怖に、地球人達は音を上げて降伏するだろうと思ったためだ。全面降伏すると言えば、『デスマス』は地球人を許し、他に住む星を提供するつもりだった。

 しかし、地球人はそうは受け取らなかった。地球を寄越せという要求を断った腹いせに、ジワジワと地球人を皆殺しにする気だと思ったのだ。とすれば徹底抗戦しかない。

 両者の思惑はすれ違い、状況は膠着状態に陥った。しかし、放射能が地球を蝕んでいき、1年以内に状況を打開しなければ地球人は死に絶えてしまうという予測が立てられた。

 そんなとき、地球人に救いの手が差し伸べられた。

 遊星『椅子を噛んだ』から、放射能を取り除く吸収装置を提供するという連絡が入ったのだ。

 『椅子を噛んだ』というのも星の名前らしくないが、しょせん未来人のすることである。目くじらを立ててはいけない。

 地球人は驚喜した。彼らにも味方はいたのだ。

 しかし、喜びはすぐに落胆に変わった。

 はるか昔に栄えた王国の首都だった遊星『椅子を噛んだ』には、様々な遺産が眠っていた。放射能吸収装置もその一つだ。しかし、彼らもまた貧乏であり、輸送費用を出せないというのだ。つまり、欲しければそちらから取りに来いと。

 地球人は相談の上、地下ドックに眠る大昔の宇宙戦艦『山と渓谷』を復活させ、放射能吸収装置を取りに行かせることにした。

 『山と渓谷』は宇宙戦艦らしくない名前だが、これも未来人のすることだから目くじらを立ててはいけない。ただ、これはまだしも我々に理解する余地がある。

 かつて日本海軍の戦艦には、旧国名を付けるというルールがあった。たとえば戦艦武蔵は、剣豪宮本武蔵を連想して強そうだから付けられたのではなく、関東地方に「武蔵の国」という国があったことから付けられた名前である。

 同じように、宇宙戦艦『山と渓谷』の時代にも、命名規則というものが存在していた。それは、戦艦には古代(その当時から見て)の文化的な雑誌名を付ける、という規則であった。その結果、当時の軍人達が20世紀の日本の雑誌を調べて頭をひねった結果、『山と渓谷』という名前を決定したのである。ちなみに、同型艦には『文藝春秋』『コマーシャルフォト』『鉄道模型趣味』がある。

 さて、『山と渓谷』が旧式である決定的な理由は、動力源にあった。『ガミガミオヤジ』軍の宇宙戦艦は、この時代には当たり前になっていた無限動力を使っていた。燃料を補給することなく、半永久的にエネルギーを発生し続けるエネルギー物質は、『ガミガミオヤジ』軍だけでなく、あらゆる宇宙船を動かしていた。

 もちろん、地球人達は、『山と渓谷』にこれを搭載しようと努力した。しかし、地球人がエネルギー物質を調達しようとしていると知ると、総統『デスマス』は即座に手を回して対地球禁輸を実現させてしまったのだ。

 『山と渓谷』は、エネルギー物質を利用することができず、消費すれば消えてしまう大量の旧式燃料を積み込んで出発するしかなかった。つまり、途中で燃料を使いすぎると、「ガス欠」となり、遊星『椅子を噛んだ』に到着できなくなってしまう危険な旅に出る羽目になったのである。

 そして、宇宙戦艦『山と渓谷』は、遊星『椅子を噛んだ』に向け、重々しく出発した。『山と渓谷』の巨体は、あまりにも重そうで、よたよたとふらつきながらやっとの事で宇宙に上がっていった。

 その様子をスパイ衛星で見ていた遊星『ガミガミオヤジ』の軍人達は、『山と渓谷』を旧式戦艦と嘲った。

 総統『デスマス』は『山と渓谷』の発進の報告を受けると、即座に破壊せよと命じた。

 あれほどよたよたでは外すわけもない、と思った軍人達は、まるで射的ゲームでも行うように行楽気分で出撃した。

 そして、壊滅させられた。

 『ガミガミオヤジ』軍の装備や戦法を研究し尽くした地球人は、油断した彼らの隙をいくらでも突くことができたのである。

 この敗北は、『ガミガミオヤジ』軍に衝撃を与えた。

 彼らはこう思った。

 たとえ大昔の宇宙戦艦であろうと、油断をすればやられる。どんな相手であろうと、侮ってはならない。本気で倒さなければならない。

 そして、敗北した戦闘データを分析し、徹底的に宇宙戦艦『山と渓谷』の性能を割り出した。

 それを元に、これなら確実に『山と渓谷』を仕留められる、という作戦が立案され、実行された。

 しかし、激戦の末、また『ガミガミオヤジ』軍は敗北し、『山と渓谷』は遊星『椅子を噛んだ』への航路を先に進んだ。

 『ガミガミオヤジ』軍は戦闘データを分析し、予想よりも『山と渓谷』はずっと身軽に動いていることを知った。分析が誤っていたのが敗因であるのは明らかだった。

 新しいデータを元に作戦が立てられ、再び『山と渓谷』への攻撃が行われた。

 だが、またもや『山と渓谷』は予想よりも身軽に動いたために敗北するという結果に終わった。

 それと同じパターンが、更に3回繰り返される頃には、宇宙戦艦『山と渓谷』は遊星『椅子を噛んだ』に到達しようとしていた。

 なぜだ! と『ガミガミオヤジ』軍人達は叫んだ。どうして『山と渓谷』は時間が経てば経つほど身軽になってしまうのだ!

 最後の手段として、『ガミガミオヤジ』軍は、『山と渓谷』の全方位を取り囲み、身軽に逃げられないようにして攻撃する作戦に出た。総統『デスマス』が直々に指揮を執る最終作戦であった。

 それは成功し、宇宙戦艦『山と渓谷』は全身穴だらけになった。

 『ガミガミオヤジ』軍は勝利を確信し、歓喜に湧いた。

 だが、その隙を突いて、『山と渓谷』は動いた。発進時の重々しさをまったく連想させないように身軽さで移動し、何と総統『デスマス』の乗る旗艦に接舷し、『デスマス』を捕虜にしてしまったのだ。

 縛り上げられた『デスマス』は『山と渓谷』の艦長の前に立たされた。

 『デスマス』は叫んだ。

 なぜだ!

 なぜ穴だらけでも動けるのだ!

 なぜ時間を経るごとに身軽になるのだ!

 艦長は恥ずかしそうに答えた。

 『山と渓谷』はエネルギー物質が使えなかったので、燃料をたっぷり積み込んで出発しました。燃料を消費すると船体が軽くなって、身軽に機動できるのです。目的地に近い今が最も残り燃料が少なく、最も身軽に機動できる時なのです。

 そして、こう付け加えた。

 そうそう。あなたの艦隊が穴を開けたのは、ほとんど全て空の燃料タンクでした。なにせ、遠距離航海を実現するために、本艦の船体はほとんど全て燃料タンクになっている状況でして。

 『デスマス』は衝撃を受けた。

 まさか、旧式燃料のために負けたとは思ってもいなかったのだ。

 どこで間違えたのだろう。

 『山と渓谷』がエネルギー物質を使っていれば、今頃我が軍は勝っていたはずなのに。いやまて。なぜ、『山と渓谷』はエネルギー物質が使えなかったのだろうか。

 そして気付いた。

 自分がそれの禁輸を命じたことを。

(遠野秋彦・作 ©2004 TOHNO, Akihiko)

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