今日は江戸東京博物館の大(Oh!)水木しげる展に行ってきました。
なぜ行ったのかと言えば。このサイトのコンテンツに関する議論をしたい人への中で、議論したければ「豆腐小僧双六道中ふりだし」を読め、とまで言ってしまっている立場上、こういうイベントは外せないなぁと思っていました。しかし、開催期間が残り僅かなので、無理に時間を作って行ってきました。
イベントの印象 §
混みそうだという予感があったので、早めの時間(午前中)に速攻で行きました。最悪の人出ではないものの、展示を見るのに不自由するだけの人数はいました。
最初の行列である≪水木しげる人生絵巻≫は並んで見ましたが、あとはかなり飛ばしながら廻りました。とりあえず、読むのに時間が掛かるマンガの掲示は、多くの人出が予想される展示会にあっては愚策だと思います。
とはいえ、けっこう面白いものが見られたのも事実です。
あと、人魂の天ぷらの立体造形物「など」が展示してあったのはどうでしょう。一般ウケするイベントとしてはありでしょうが、文化的学術的な興味で史料を見るような態度には合わない気も。まあ、このイベントの性格が、一種のゴージャス妖怪エンターテイメントという気もするので、これでも良いという気がしますが。そういう意味で、江戸時代の本物の妖怪画が展示してあったのは非常にゴージャスで良いと思います。
脱写実というコンテキスト §
水木さんというのは、いくらでも遠近法を使った写実的な絵が描ける人だということが良く分かりました。
そして、今になってハッと良く分かることがあります。
それは、comic新現実 Vol.2に掲載された大塚英志さんの「おたく文化の戦時下起源・試論」という記事で述べられている『「おたく文化」は戦時下に発生した技術である』という主張との関連です。遠近法を使った写実的な表現とは戦時下において兵器設計という軍事目標に貢献するとして奨励された技術であるとすれば、水木さんがそこから逸脱した新しい表現を確立していくことは必然的な流れと言えるかもしれません。それが本当に良いことかどうかは私には分かりませんが。ということは、水木さんはおたくという言葉が生まれる前から、ポストおたく表現を開拓していたと言えるのかも知れません。
京王線調布駅の改札から出てくるゲゲゲの鬼太郎 §
調布の図書館の発行する雑誌の表紙を水木さんが描いているそうで、それを並べて展示してありました。その中で、特にグッと来たのが京王線調布駅の改札から出てくるゲゲゲの鬼太郎というイラストです。こんな身近に良く知った場所に、ゲゲゲの鬼太郎がいるというイメージは鮮烈な印象でした。凄く良かったです。