2005年01月20日
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メイドのプリンセス メイディー・メイ 第1話『はじめてのメイド服』

Written By: 遠野秋彦連絡先

 君は知っているか。

 美しく可愛く献身的な少女達からなるメイド達。

 そして彼女らのご主人様となるオターク族。

 その2種類の住人しか存在しない夢の中の世界を。

 ある者は、桃源郷と呼び。

 またある者は、狡猾なる悪魔の誘惑に満ちた監獄と呼ぶ。

 それは、どこにも存在しないナルランド。

 住人達がボックスマン・スーフィーアと呼ぶ世界。

 そして、悪魔と取引したたった一人の男によって生み出された世界。

 メイは目を輝かせた。

 目の前のトルソーに着せられているのは、輝くばかりのメイド服だった。

 それは、家事一切をこなす機能性を一切妥協することなく盛り込みながら、それでいて女の子らしい美しさ、可愛さを極限までアピールするという、相矛盾する要求を両立した芸術的な衣服だった。

 まさに、何でもない日常的な家事を行う姿までもが、一幅の絵になるとまで言われる至高のメイド服だった。

 もちろん、全てのメイド服に、それほどの賛辞が寄せられるわけではなかった。

 並のドレスの数倍のコストと手間を掛けられたこのメイド服は、王族にしか着ることが許されないものであった。

 そして、明日になればメイはこれを着ることになる。今着ているような子供服ともおさらばだ。そして、メイド服さえ着ていれば、このボックスマン・スーフィーア世界では子供とバカにされることはもう無くなる。

 それだけではない。

 子供ではないと認められれば、壁の外に出られるのだ。壁の内側には、メイドか、あるいはまだメイドになるには幼すぎる子供か、そうでなければメイドを引退した老女しか住んでいなかった。しかし、壁の外には、メイドではない存在、メイドがご奉仕すべきご主人様、そしてメイドの熱烈なる崇拝者であるオターク族が居住しているという。

 一人前のメイドとなれば、オターク族に奉仕するために彼らの居住地に行くことが許される。そこから帰ってきたメイド達から、何度もメイは話を聞いた。

 熱烈にメイドを崇拝し、何人ものオターク族が集まって特定のメイドをまるで女王であるかのように扱った話。

 あるいは、オターク族のご主人様と許されざる禁断の恋に落ち、メイドとして要求される範囲を超えて親身に尽くした話。

 いずれにせよ、メイドとはメイドだけでは生きていけない存在であり、ご主人様との出会いがあってメイドとして生きる価値が生まれるのだという結論だけは同じであった。

 であればこそ、メイは願ったのだ。

 はやく大人になりたいと。

 大人になってメイド服を着たいと。

 素晴らしきご主人様との出会いのために。

 「メイ様!」と大きな声で言われてメイはハッと我に返った。

 メイド服に見とれて、いつの間にか周囲のことが分からなくなっていたらしい。

 振り返ると、そこには成熟した大人の美女が立っていた。彼女は、知性を感じさせるスマートなメイド服を着用していた。知的業務に携わるメイドにのみ着用を許された、これもまた一種の特権的メイド服であった。銀縁の細身の眼鏡が、そのメイド服に似合っていた。

 しかし、彼女はメイの知らないメイドだった。

 「あなたはだあれ?」とメイは質問した。そう言いながら、「だあれ?」という言い方の子供っぽさをメイは痛烈に自覚した。大人っぽい言葉遣いをしたいと思いながらも、口はそれを裏切ってしまう。

 「これよりメイの教育係を務めさせていただきますメイン・ティーです」と彼女は隙のないスマートなお辞儀をした。

 ティーのあまりの大人っぽい落ち着きに、メイは圧倒される思いがした。はたして、ティーのような大人になれる日が来るのだろうか。

 しかし、ティーはそのようなことは全く考えていないようだった。

 ティーは言った。「このメイド服はあまりご覧にならない方がよろしいかと思います」

 「どうして?」とメイは首を小さく傾けて見せた。長い髪の一部が肩に掛かった。

 「これは、メイドのプリンセスのみが着ることを許されたメイド服です」とティーは言った。「着られない服を見ていても辛くなるだけです」

 メイはその発言の意味が理解できなかった。

 ボックスマン・スーフィーア世界のメイドの女王、メイディー・マームの娘であるメイはメイドのプリンセスである。そうではないと言う者など誰もいなかった。それなのに、まるでメイがこの服を着られないかのような言い方だ。

 「わたくしは、我らが女王、 メイディー・マーム様よりメイ様の教育の全権を委任されております」と表情も変えずにティーは言った。「現在のメイ様は、確かに女王様の娘という意味ではプリンセスと言えますが、まだメイド修行の経験もありません。メイドの王族は、全メイド達の模範となり、進むべき道を示すために存在する特別な一族です。それゆえに、メイドのプリンセスとして認知されるためには、美しさから仕事ぶりまで、メイドの模範でなければなりません」

 「ちょっと待ってよ」と慌ててメイは口を挟んだ。「これを着られないとしたら、いったいどのメイド服を着ろと……」

 「私が最初にメイド修行の奉公に出された時に着ていたものを着て頂こうと思っております」

 「そんな時代遅れのお古を……」メイは愕然とした。「でも、女王の娘であるメイディー・メイがそんなメイド服を着ていたら大問題になってしまう。できるはずがないわ」

 「その心配はございません」とティーは眼鏡の奥で微かに微笑んだ。

 窓の外で、銀杏の枝が風にそよいだ。

第2話『待ち望む! 初めてのご主人様!!』に続く....

(遠野秋彦・作 ©2005 TOHNO, Akihiko)

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