この本も、とっくの昔に読み終わっているのに、感想を書いていませんでした。
入手編を見ると、2005年01月11日の日付になっていますが、おそらくこの1~2日後には読み終わっているはずです。
その時、これは重大な話だから、ちゃんと問題提起するような感想を書こうと思ったのですよ。
読みながら、いくつかメモった項目がTodoリストに残っています。
それが、今の今まで手つかずに残っていたということは、今日までの間、より優先順位の高い用事に追いまくられていたことになります。
いつか思い出す悪夢の2005年1~3月ということになるかもしれません。
とはいえ、もう、問題提起をしようなどという高尚な気持ちはありませんので、当時のメモにコメントを付ける程度にしておきます。
学者はあてにならない(誰もが自分が望むものを望む) §
学者はあてにならない、ということがはっきり書いてあったのが1つの特徴でしょうね。
学者でも、ゲーム脳のような変なことをかき立てる人もいるし。
かといって、誠実な学者は、まだはっきりと分かっていない問題について歯切れの良い答はできません。
そして、様々なメッセージを受ける側も、自分が望むものを望むという側面があります。いかにゲーム脳に根拠が薄弱であろうと、それを望む者達は待ってました!とそれを受け入れるわけです。
そういうことを、明確に書いているのは誠実だ、というような意図でメモったと思いますが、もう定かではありません。
即座にメールを返す文化 §
電子メールを昔から使っている人間ほど見落とす可能性がある話ですが。
電子メールは、自分が都合の良い時に返事を書けば良いものではなく、即座に返さねばならない文化は実在し、それは実際に特に子供を拘束しています。
そして、それは子供にとって必要とされていると同時に、子供を苦しめています。
子供がいつも携帯でメールを書いているとしても、それは本人が望んでいるからではなく、そうしなければ失礼とされる文化に属しているためだという可能性があり得ます。
このような現実を前に、それに対して何を言いうるのか、真面目に考えねばなりません。
女子の側にある §
問題の多くは、女子の側にあるそうです。
詳細はもう忘れてしまったので、気になる人は本書を読んで下さい。
買春 §
売春と買春は違いますが、司法のプロでも間違うそうです。
(たぶん)正しく買春という言葉を使っていることに、少しだけ著者の誠実さを見ました。
おしまい! §
以上でメモった項目はおしまい!!
とりあえず、これを読んだ頃に思ったのは、電子コミュニケーションに関わる人間は、全員これを読む必要がある!!ということでした。
いや本当に誇張ではなく。
特に、自分は分かっているという自信があればあるほど、読むべきであると。