2005年04月28日
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メイドのプリンセス メイディー・メイ 第8話『単なる労働力扱いされて狼狽する初々しいメイド達』

Written By: 遠野秋彦連絡先

 君は知っているか。

 美しく可愛く献身的な少女達からなるメイド達。

 そして彼女らのご主人様となるオターク族。

 その2種類の住人しか存在しない夢の中の世界を。

 ある者は、桃源郷と呼び。

 またある者は、狡猾なる悪魔の誘惑に満ちた監獄と呼ぶ。

 それは、どこにも存在しないナルランド。

 住人達がボックスマン・スーフィーアと呼ぶ世界。

 そして、悪魔と取引したたった一人の男によって生み出された世界。

前回のあらすじ §

 新人メイドとご主人様達の初めての顔合わせの会場。

 入場するご主人様達を迎えたメイド達だったが、どういうわけか、時代遅れのメイド服を着たメイにだけ注目が集まる。

 そのことで、他の新人メイド達に取り囲まれ、嫉妬の炎をぶつけられてしまうメイ!

 しかし、一人の無気味なボックスマンが、それは単なる古着などではなく、特別なメイド服だという。そして、その程度の知識もないメイド達を、目利きひとつできないと言い切る。いったい、彼は何者なのか。そして、このメイド服はいったいどんなものなのか。

 第7話より続く...

第8話『単なる労働力扱いされて狼狽する初々しいメイド達』 §

 新人メイドの一人が、おそるおそるという感じで口を開いた。

 「ご、ご主人さま。この無知な新人メイドにお教え下さいませ。そ、そのメイド服はいったい、どのような……」

 「ビクトリアン・コンバージョン 2199 モデル2だ。ボックスマンどもの多くがメイド趣味に開眼した切っ掛けになったと言われる、メイド物語2のメイド達が着ていた服のモデルだ。こいつは、ボックスマンにとって、特別なメイド服だ。多数派のボックスマンがメイド服と言われて思い浮かべるメイド服はこれだ。既に製造中止になっていて、入手は不可能だし、そもそも現存する数も多くない。コレクター向けにレプリカも少数製造されているが、それらは貴重すぎてみんなタンスに仕舞い込まれたままだろう。とはいえ、これに近いテイストのメイド服を手に入れるのは難しくはない。モデル2は無理でも、モデル3はけっこう潤沢に出回っているし、デザインが似ているだけのビクトリアン・コンバージョン・タイプのメイド服なら手に入れるのは難しくない。それなのに……」

 ボックスマンはメイド達を見回した。そして、続けた。いつの間にか、メイド服の解説からメイド批判に内容が変わっていた。

 「それなのに、おまえ達はどうだ。ボックスマンの趣味などこれほども考えずに、自分たちの趣味で流行りのメイド服ばかりを着込んで。おまえ達は、本当にご主人様にご奉仕する気があるのか? いや、そもそもご奉仕するということがどういうことなのか、本当に分かっているのか?」

 新人メイド達は誰も返事をしなかった。

 メイも返事ができなかった。

 メイは、メイン・ティーの命令で偶然にもご主人様好みのメイド服を着ることができていた。しかし、メイド服に関して、メイド達の流行りとは別に、ご主人様の好みがあるなど、考えたこともなかった。

 しかし、新人メイド達にも、一人前のメイドになるための基礎教育をパスしたというプライドはある。勇気のある新人メイドが反論した。

 「も、もちろん分かっています! ご主人様が望めば、どのようなメイド服であろうと喜んで身にまとい、ご奉仕させて頂きます!」

 「ふん。愚かだな」とボックスマンは勇気ある新人メイドに蔑みの視線を投げた。正確には、ボックスマンの顔は箱の中で見えないのだが、少なくともメイにはそう見えた。

 勇気ある新人メイドの勇気は、その一言で打ち砕かれたようだった。もはや、彼女はうつむき、何も言おうとはしなかった。

 「メイドとは、要するに僅かでもインテリジェンスのある労働力だ。1から10まで指示しないと何も出来ないなら、全部機械にやらせた方がマシだ。望めば着るだと? 指示されるまで待つな。できることはすぐやれ。それが使えるメイドというものだ」

 それは、衝撃的な言葉だった。

 ご主人様との甘い関係、メイドとしての喜び。それを夢見てこれまで頑張ってきた新人メイド達にとって、機械よりマシという程度の労働力と言われるのは、あまりに衝撃的だった。

 もはや、新人メイド達は、誰も口を開かなかった。このような状況で、どのように振る舞えばよいのか、誰も教えられていなかったのだ。

 その時、助け船が来た。入り口に立っていた年配のメイドが、重ねて鉄鎖に告げた。

 「ご主人様、新人メイド達は、ステージでのお披露目のために、準備が必要でございます。まずは、会場でおくつろぎ下さいませ」

 そして、『はやく行け』とでも言うような視線で、新人メイド達に告げた。

 「ご主人様を迎えた後は、控え室に戻ってお披露目の準備をする手筈だったはずですね。はやく、控え室にお戻りなさい」

 新人メイド達は、口々に鉄鎖に挨拶すると、我先にとその場を離れた。メイも、その一人だった。

 だが、控え室に戻る廊下を歩きながら、メイはハッとした。

 鉄鎖の言葉はどこかで聞いた。

 どこでだろう。

 そうか、メイの初等メイド教育係だったメイン・チャーが言っていた言葉だ。

 彼女はこう言った。

 『仕事をご主人様から指示されるまで待つのは駄目なメイドです。仕事は自分で見つけ、それをこなしていかねばなりません。メイドはご主人様に絶対服従というのが建前ですが、それでは不十分なのです。ご主人様に命令されないことまでこなしてこそ、真のメイドとなります』

 この言葉を、メイはずいぶん長い間忘れていた。

 あの無気味なボックスマンの言っていることは、少なくとも一面で正しい。メイはそのことに気付いた。

 だからといって、メイドを労働力と言い切る鉄鎖のメイドになりたいとは思わなかった。

 鉄鎖のメイドにだけは、どうかならないように、とメイは祈った。

続く.... §

 いよいよ、メイがご主人様に指名される時が来る。メイは願った通り、白きプリンスやレッド・ダンディのメイドになれるのだろうか? それとも、無気味なボックスマン、鉄鎖のメイドになって単なる労働力としてこきつかわれるのだろうか?

 次回、第9話『私を選んで! 仕事や芸をアピールする新人メイド達』へ続く!

(遠野秋彦・作 ©2005 TOHNO, Akihiko)

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