2005年08月04日
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メイドのプリンセス メイディー・メイ 第15話『裏道で出会ったメイドは、かつてのオターク族だと名乗る』

Written By: 遠野秋彦連絡先

 君は知っているか。

 美しく可愛く献身的な少女達からなるメイド達。

 そして彼女らのご主人様となるオターク族。

 その2種類の住人しか存在しない夢の中の世界を。

 ある者は、桃源郷と呼び。

 またある者は、狡猾なる悪魔の誘惑に満ちた監獄と呼ぶ。

 それは、どこにも存在しないナルランド。

 住人達がボックスマン・スーフィーアと呼ぶ世界。

 そして、悪魔と取引したたった一人の男によって生み出された世界。

前回のあらすじ §

 メイは、鉄鎖の屋敷で働き始めた。

 そこには、年配のベテランメイド、ノノ・ロイーズが既にいた。

 だが、ノノ・ロイーズは来客のボックスマン達の行動妨害するような態度を取るようなメイドだった。はたして、彼女は壊れたメイドなのだろうか。

 第14話より続く...

第15話『裏道で出会ったメイドは、かつてのオターク族だと名乗る』 §

 メイはゴミの大きな袋を抱え、屋敷の裏に出た。

 屋敷の表は、広く華麗な表通りに面しているが、裏側も別の道に面していた。しかし、こちらは、暗く、狭く、雑然としていた。ゴミ置き場もあれば、それを回収するゴミ運搬車も通る。そして、メイド達が日常利用する道もこれであった。

 この道を見ると、メイは気が滅入った。

 メイドはゴミと一緒にいるのがお似合いだ、と言われたような気がするからだ。

 誰からそれを言われるのかは良く分からない。きっと、メイドを理解していないご主人様である鉄鎖からだろう。

 そして、この裏道では、メイド達が一服していたり、雑談している姿も良く見られる。

 メイは、時間を忘れて夢中になって世間話をしているメイドを見ると嫌悪感を感じた。メイドは、仲間内でぺちゃくちゃと話すために生まれたわけではないのだ。そのような暇があれば、ご主人様にご奉仕すべきなのだ。

 だが、自分から世間話の中に入る気がなくても、向こうが放っておかないということはある。

 メイが、所定のゴミ置き場にゴミの袋を置いた時、その向かい側の屋敷の裏口の階段に座り込んだメイドが声を掛けてきた。

 「やあ、君が鉄鎖のところの新しいメイドだね? メイちゃんっていうんだろう?」

 メイは、ムッとした。何と馴れ馴れしい。それどころか、鉄鎖を呼び捨てにしているとは、メイドとして許されざる態度だ。

 「おっと、誤解をさせたかもしれないね」とそのメイドは微笑んだ。とても美人で声も綺麗であったが、話し方は好ましいメイドの話法から逸脱しすぎていた。むしろ、ご主人様の話し方と言った方が分かりやすいぐらいだった。

 「あなたはいったい何者ですか?」とメイはおそるおそる質問した。

 「へぇ、僕がただのメイドではないとすぐ分かったんだ。さすがはメイドのプリンセスといったところかな」

 メイはショックを受けた。メイがメイドのプリンセスであり、お忍びで修行中であることは最大級の秘密なのだ。先輩のノノ・ロイーズどころか、ご主人様である鉄鎖にすら明かしていない。それなのに、どうしてこのメイドは知っているのだろうか。

 「分かってる。秘密なんだろう? 他の誰にも言う気はないよ」

 メイは少しだけホッとした。

 「どうしてあなたは、そのことを知っているのですか?」

 「僕はね。本当はメイドではないんだ。オターク族なんだよ」

 メイは驚き、それから疑った。「そんなはずはありません。オターク族と言えばご主人様。ご主人様は全て箱を被っていらっしゃるはずです」

 「普通ならね」とオターク族を名乗るメイドはうなずいた。「でも、ちょっとしたシステムの矛盾を突くと、箱を脱ぐことができるんだ。どうするか分かるかい?」

 「い、いいえ」

 「このボックスマン・スーフィーア世界では、ご主人様は何でもやりたいことができ、メイドはそれを叶えるためにあらゆる行為を行わなくてはならない。これが基本原則だ。分かるかい」

 メイはうなずいた。それは、常識中の常識だ。

 「では、ご主人様が、何でもやりたいことができる権利を行使して、メイドになりたいと願ったら何が起こると思うかい?」

 それはメイの想像を絶する仮定であった。メイドはご主人様に奉仕するもの、というのがメイの常識だった。ご主人様とメイドの区別は絶対であり、踏み越えるという可能性すら誰も語らなかった。もちろん、社会のシステムがそれを許さないことは明らかだった。だから、ご主人様がメイドになりたいと思う可能性など、考えたこともなかった。

 「答は僕を見れば分かるよ」とオターク族を名乗るメイドは微笑んだ。「それを望んだご主人様はメイドになれる。そして、メイドに箱をかぶる権利はないので、こうして箱を脱ぐことができる。それと同時に、ご主人様にご奉仕する義務も背負うというわけだ」

 「まさか……。箱を取るために、そのような義務をわざわざ背負ったというのですか?」

 「まさか」と彼女は笑った。「もちろん、箱は結果に過ぎないよ。本当の理由は他にあるんだ」

 「それはいったい……?」

 メイは、いったいどのような理由があれば、ご主人様がメイドになりたいなどと思うのか、想像もできなかった。メイはただ彼女の答を待った……。

続く.... §

 はたして、オターク族を名乗るメイドはいったい何を目的にご主人様の立場を捨ててメイドになったというのだろうか。

 メイに納得のいく答は得られるのか?

 次回に続く。

(遠野秋彦・作 ©2005 TOHNO, Akihiko)

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