ある日、TV局の受付にロボットが現れた。
ロボットは、自らを『あらゆる怪異、妄想、迷信を撃滅する完璧論理ロボ』と名乗った。
それは、1950年代の海外特撮映画にでも出てきそうなデザインで、身長は人間と大差なかった。
当初、受付嬢は、それを何かの番組の小道具だと思ったが、そうではなかった。
どの番組でも、そのようなロボットの着ぐるみは扱っていなかったのだ。
しかし、だからといってロボットにお引き取りを願うほどTV局とは甘い組織ではなかった。ワイドショーのスタッフが即座にロボットを迎え入れた。
いきなり生放送のスタジオに連れ込まれたロボットは、スタジオに入った瞬間に即座に言った。
「その子供は父親に連れ出されたのだ。警察は父親の存在を見落としている」
意味が分からず、ロボットを連れてきたスタッフがあっけに取られていると、スタジオ内のギャラリーがどよめいた。
実は、スタジオ内では、子供が行方不明になる神隠し事件について放送中だったのだ。ロボットは、たった一言で、その謎を解いてしまったのだ。
「この世の不思議は全て私が抹消する。怪異撃滅!」とロボットは言った。
そして、ロボットの指摘が事実であることは、翌日になって警察により確認された。
その日から、ロボットは完璧な論理で、次々とこの世の不思議を全て解き明かし始めた。
幽霊のすすり泣きは空調機器の不調ノイズ、宇宙人解剖フィルムはやらせ、カッパは水草の見間違い、事故の多い廊下は床面の歪みが原因……。
ビリーバーすら黙らせる完璧な論理の数々は、次々とこの世界から不思議を取り除いていった。
こうなると、このロボットの正体を誰もが知りたがった。
最初は、中に人が入っているかどうかが問題にされた。ロボットは、喜んで自分の体内をTV局スタッフに見せた。
彼らは、電子部品と機械部品以外のものを見つけることができなかった。中に人などいはしなかったのだ。
次に、ロボットを誰が作ったのか……ということに疑問は集中した。
しかし、これは解き明かすことができなかった。ロボットは、自分が目覚めたとき、既にTV局の前に立っていたと言うのだ。それまでの記憶は存在しないという。
ロボットに使われている部品から由来を探すこともできなかった。どこにでもある、ありきたりの部品ばかりで構成されていたのだ。
出自不詳というミステリアスさは、ロボットの人気を高めた。
多くの人達が、自分の持つ謎、不思議をロボットにぶつけた。
そして、それらは全て完璧な論理によって殲滅された。
学校の七不思議は、1つ1つ数を減らし、やがて存在そのものが無くなった。
地球にいるとされる宇宙人や妖怪の数は、瞬く間に激減した。確かに一部の未確認生物UMAは、ロボットによって存在が論理的に証明され、実在が認められた。しかし、実在が認められた生物は、既に未確認生物UMAではなく、ただの生物に過ぎなかった。謎は撃滅されてしまったのだ。
その結果、ロボットのブームが絶頂を超えたあたりで、人々は逆にロボットを不気味だと思うようになってきた。
それはそうだ。
不思議なことが何もない世界とは、どこにも心の逃げ場が存在しない世界だからだ。
ロボットに批判的な人達は急速に数を増やした。
その一人であった数学者は、そもそもこれほど完璧にあらゆる謎を撃滅することは不可能だということを論理的に証明した。世の中とは、それほど完璧なものではない。曖昧なことや、不確定なことが山ほどあるのが現実なのだ。そうそう簡単に、説明など付けられるはずがない。つまり、誰もが納得する論理的な説明を、あらゆる謎に対して付けることは、『論理的に不可能である』と証明したのだ。
TV局も、ロボット人気はこのあたりが限界と考えて、この疑問を直接ロボットにぶつける生放送番組を企画した。
「完璧論理ロボさん。あなたが行っている怪異撃滅ですが、それは不可能だという主張があります。これについて、反論はありますか?」
ロボットは表情も変えずに答えた。
「おそらくは不完全な前提による誤った答えと推定する。もしも、現実世界に存在する人間または機械装置に限定されるなら、その答えは正しい」
スタッフ達は顔を見合わせた。
このロボットの言い方は、まるでロボット自身が現実世界に存在しないかのような言い方ではないか。
そこで、おそるおそる、そのことを質問してみた。
すると、ロボットは答えた。
「いかにも私は現実世界には存在しない妖怪である。妖怪以外に、これほど完璧な存在はあり得ないということに、君たちはもっと早く気付くべきであった。分かった以上は、2度と忘れぬように君たちの妖怪図鑑に、完璧論理ロボ型妖怪の名を書き足したまえ。おっと、既に君たちの妖怪図鑑なる書物は私の怪異撃滅運動の結果、消滅していたのだったかな。ならば、妖怪図鑑をあらためて作るがいい」
そして、ロボットはふわっと姿が半透明に膨らむと、そのまま消滅していった。
機械的な笑い声だけがしばらくスタジオにこだました。そして、ロボットを撮影した写真やビデオテープには、一切彼の姿は残っていなかった。
(遠野秋彦・作 ©2006 TOHNO, Akihiko)
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