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恐ろしきあやかし。単なる道具として子供達に使役されるあやかし達も、撃符にされていなければ、このような恐ろしい顔で人を恐怖させる存在。だが、あやかしは単に恐ろしいだけの存在だろうか。
トーノZERO, THE BELKANアニメ感想家(笑)のアニメ感想を参ります。
今日の妖逆門の感想。
サブタイトル §
第28話 『オレと正人と黒ねいど』
あらすじ §
黒ねいどは、古きゲームは終わり、新しいゲームを始めると宣言します。
三志郎は獄門世界に落とされ、そこから出る門を探すことが新しいゲームへの参加条件になるとされます。
正人は、三志郎に合流します。
獄門世界には、炎のあやかしが住んでいました。逆門との最後の戦いで敗北した彼らは、この世界に封じ込められていたのでした。
あやかしを道具として使う人間を恨む彼らは、三志郎達を襲います。
焔斬は自ら望んで召還され、襲ってきたあやかしを説得します。
焔斬への礼儀を通すために轟焔は人間達を受け入れます。
轟焔は、1対1の勝負を人間と行っていたとき、実は人間はあやかしを勝負の相手と認めておらず、卑怯な手で陥れられた経験を持っていました。
轟焔は三志郎に戦いを挑みます。
そして、1対1の勝負を貫く三志郎を見て、彼を認め、門の場所を教えます。
感想 §
あやかしは、本来ならば怖いものです。
それなのに、たかが子供に思い通りに使役されるというのは、やはり筋違いのおかしいことに思えます。
その「おかしさ」を一気に是正するような内容で来ましたね。
焔斬の顔のおかげで活かされている三志郎……。それは、ある種の主従逆転に他なりません。
たぶん、三志郎でなければ、その場で人生が終わっているところでしょう。
しかし、三志郎は切り抜けました。
それはなぜか。
三志郎から見た焔斬は仲間です。
仲間には、上も下もありません。
つまり、主従逆転という現象が起こったとしても、三志郎の立場はいささかも変わらないのです。
そして、その問題を突破した先にあるものは、相手を対等と認めるコミュニケーションの復活です。轟焔が抱えた問題の本質とは、一切轟焔の気持ちを受け止める意志のない人間達の存在にあるのであって、それはコミュニケーションの断絶です。しかし、轟焔の気持ちを正面から受け止め、自らが望む通りの1対1の勝負を貫徹する三志郎との出会いは、コミュニケーションの回復に他なりません。
今回は急ぐということですぐに門を通ってしまいましたが、轟焔と三志郎、語り合えば様々な得るものがあったことでしょう。
今回の一言 §
新OPですが、何回も繰り返してみてしまいました。今回も2回見てしまいました。そこで、ふと気付いたのですが、日野亜紀と赤銅の鬼仮面の召還ポーズがよく似ているのです。もしや、何かの伏線?