凡太郎は、ショウガの匂いがした。
それもそのはず。
凡太郎の家はショウガ問屋であり、いつも家の中にショウガが溢れかえっていたのだ。
そして、凡太郎はその匂いが好きだった。刺激はあるが、鮮烈であり、悪臭の対極にある魅惑の香りと呼ぶべきものだった。
しかし、小学生にしては早熟な凡太郎と違って、近所の悪ガキにその趣味の良さは理解できなかった。
彼らは、凡太郎を見かけるといつもこう揶揄した。
「やーい、ショウガ臭え小学生!」
もちろん、「ショウガ臭え」と「小学生」をかけたダジャレである。ダジャレであるがゆえに、もっと穏和な別の表現に置き換えることができない。「ショウガの香りがする小学生」ではダジャレとしての質が大幅にダウンしてしまうのである。
そして凡太郎は、この揶揄がどうしても耐えられなかった。自分だけでなく、自分が好きなショウガの匂いまでバカにされた気がするからだった。
凡太郎はこの揶揄をやめさせる方法を考えた。説得が通じないことは既に確認済みだった。かといって暴力を振るってやめさせることはできない。怪我をさせれば大人が出てきて、話がややこしくなるだけだ。
ということは、ダジャレの成立する前提そのものを崩してしまうしかない。
自分からショウガの匂いを取ることは論外だった。凡太郎はそれが好きだったのだ。
ということは、小学生をやめるしかない。
もちろん、単に学校をやめれば親が悲しむ。そうではなく、飛び級で中学生になるのが、もっと適切な対策に思えた。「ショウガ臭え中学生」ならダジャレとしては大幅なパワーダウンとなる。
しかし、凡太郎には飛び級ができるだけの学力はなかった。
そこで、凡太郎は家の中の神棚に祭られたショウガの神様にお願いした。
ついに、凡太郎の必死の祈りにショウガの神様が出現した。
事情を聞いたショウガの神様は、ショウガの匂いが好きだという凡太郎の言葉にいたく喜び、頭が良くなる魔法のショウガを凡太郎に与えた。
魔法のショウガの力で、凡太郎の学力はめきめき上がった。しかし、魔法のショウガには副作用があった。それは、食べた者の身体が強烈なショウガの匂いを放つということだった。
しかし、そのことを問題にするのは近所の悪ガキだけで、大人達はそれを平然と無視した。何しろ、郷土から神童が出たのだ。全国から注目される子供が我が郷土にいるという誇りに比べれば、匂いなど些細な問題に過ぎなかった。
ついに、国内で最もレベルが高い大学の附属中学から凡太郎に中途編入による入学の打診がなされた。
関係者は歓喜したが、学費の額を聞いて青ざた。レベルも高いが学費も高かったのだ。
しかし、学校側もそれは織り込み済みであった。すぐに、凡太郎は特待生として奨学金もたっぷり出すので、お金の心配は要らない……という説明が行われた。
さっそく凡太郎は、神棚のショウガの神様にお礼を述べた。
話を聞いたショウガの神様も喜んだ。しかし、奨学金をもらうと聞いて顔をしかめた。
凡太郎にはその理由が分からなかった。
そして、凡太郎が初めて中学に登校する日になった。
中学では、天才少年が来るという噂が流れ、どんな少年が来るかと皆が待ちかまえていた。彼らは口々に話をした。
「どんな子が来るのかな?」
「いちばんランクの高い奨学金をもらってるそうだぞ」
「凄い学力の奨学生なんだな」
凡太郎が校門をくぐると、待ちかまえた中学生達は思わず鼻をつまんだ。
「うわ。なんてショウガ臭え奨学生だ!」
その日から、凡太郎の校内での通称は、「ショウガ臭え奨学生」となった。
(遠野秋彦・作 ©2006 TOHNO, Akihiko)
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