2006年12月20日
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Winny裁判の判決を契機に考える・自律分散型ネットワークの特質と注意点

Written By: 川俣 晶連絡先

 Winnyの幇助に関する京都地裁の判決が出て、あちこちでこれに関する意見や解説を見ますが、どれを見てもすっきりと分かりません。

 分からないことは、要約すると以下のような感想になります。

  • みんな言っていることが少しずつ違う (みんな、何を根拠に語っているのか不詳)
  • 違うにも関わらず自分の意見を断言している (なぜ自分の意見が正しいと確信できるのか根拠が不詳)
  • 論旨の不整合や、特定視点の欠落など、文章としての問題が含まれることが多い (単純な文章の書き方の問題)

 というわけで、私にはさっぱり状況が分かりません。

 その代わりに、自律分散型ネットワークの特質と注意点について思ったことがあるので、少しメモっておきます。

 単なる思ったことのメモなので、この内容が正しいとか当てになると思い込まないように!!

自律分散型ネットワークとは §

 この文章において、自律分散型ネットワークとは以下のような対象を示する。

  • 汎用のネットワークシステム(インターネット等)の上に構築される特定目的の仮想ネットワーク
  • 複数のネットワーク上の通信主体(特定ソフトが動作しているパソコン等)から構成される (これをノードと呼ぶ)
  • ネットワークを制御する主体(制御ノード)は存在しない。ネットワークは、同格のノードが相互に通信しながら自律的に構築される

 このようなノードを成立させるためのプログラムを、ここではノード・プログラムと呼ぶ。

自律分散型ネットワークの誕生と死 §

 自律分散型ネットワークは制御ノードが存在しないため、ネットワーク構築を明示的にコントロールする手段が存在しない。

 自律分散型ネットワークは、ネットワーク上に2つのノードが出現し、いずれかが相手の存在を認識した段階で初めて出現する。2つのノードが相互に存在を認識し、必要とされる情報の交換を始めた時点で、自律分散型ネットワークは出現する。

 これ以後に誕生する新しいノードは、既に自律分散型ネットワークに参加しているいずれかのノードを探し出すことで、そのノードを経由して自律分散型ネットワークに参加することができる。

 一度構築された自律分散型ネットワークは、参加ノードが0にならない限り存在を継続する。たとえ参加ノード数が1になったとしても、自律分散型ネットワークは消滅しない。なぜなら、ネットワーク上で生きているノードが1つでもある限り、自律分散型ネットワークが持っていたコンテキスト性は継承されるからである。そして、ノードが2つに増えた時点で自律分散型ネットワークとしての機能性は回復する。

 つまり、以下のようなことが言える。

  • 自律分散型ネットワークが誕生するにはネットワーク上にノードが最低2つ存在する必要がある
  • 自律分散型ネットワークが生存するにはネットワーク上にノードが最低1つ存在する必要がある
  • ノード数が0になると、自律分散型ネットワークは消滅する(自律分散型ネットワークの死)

 ただし、コンテキスト性を保持したまま一時的に休止したノードが復帰することで、一時的にノード数が0になった自律分散型ネットワークが復活することはあり得る。また、死の後に再び誕生が訪れることもあり得る。

自律分散型ネットワークの性質は誰が規定するか §

 個々の自律分散型ネットワークがどのような形状に発展するか、予測することはできない。また、事前に設計することも難しい。どのようなノードが、他のどのようなノード、どのように結びつくのか予測できない側面があるためである。

 しかしながら、そのような形状になろうとも、それらのネットワークの特質は全てノード・プログラムが規定していると言うことができる。たいていの場合、ノード・プログラムの振る舞いは単純であることが予想される。しかしながら、その単純な振る舞いから複雑なネットワークが生成される。

 従って、自律分散型ネットワークの性質を規定するのは個々のノードを立ち上げた者ではなく、ノード・プログラムそのものと言える。ノード・プログラムは、プログラマによって恣意的に開発されるものであるため、間接的には開発者がネットワークの性質を規定すると言える。

自律分散型ネットワークを殺すことはできるか? §

 生存している自律分散型ネットワークを殺す方法としては以下のような選択肢が考えられる。(全ての選択肢ではないかもしれない)

  • ノード数を減らしていき、最後に0にする
  • ノード間の通信を阻害し、自律分散型ネットワークを成立させる仮想ネットワークを消滅させる
  • ノード・プログラムに急速に伝播する自殺指令を実装し、その指令を全てのノードに配布する

 第1の選択肢は、不特定多数のユーザーがノード・プログラムを使用している場合には現実的には難しい。ノードが1つでも残ればネットワークは死なないし、たとえ死んでも誰かがノードが2つ立ち上げればいつでも誕生してしまう。

 第2の選択肢は、暗号化等の技術により、特定の自律分散型ネットワークの通信であることが容易に判定できないようにするか、判定できてもコストが掛かるようにすれば、事実上回避することができる。

 第3の選択肢は、確実性が低い割にリスクが高すぎる。自殺指令が正しく伝達されない、伝達されても正しく処理されない可能性は常に存在する。また、自殺に逆らうためにノード所有者がプログラムにパッチを当てて生存させてしまうことも考えられる。逆に、悪戯や犯罪目的で自殺指令を送信されてしまうと、ネットワークが死んでしまうこともあり得る。

 以上のことから、自律分散型ネットワークを殺すことは著しく困難であることが考えられる。

問題発生時の対処方法と責任の所在 §

 既に見たように、自律分散型ネットワークの性質は、ノード・プログラムによって規定される。その性質が、実際の状況に適合しないとき、あるいは意図せざるバグによって適切に実現されなかった場合、自律分散型ネットワークは自滅的な行動を取る可能性があり得る。たとえば、無効なパケットのピンポンが雪だるま式に増えてネットワークのトラフィックを圧迫したり、意図せざる犯罪行為に利用されることも可能性としてあり得る。

 このような場合には、自律分散型ネットワークの緊急停止が求められるかもしれないが、上で見たように自律分散型ネットワークを殺すことは難しい。必然的に、惨事が発生した場合は、より深く深刻な被害を発生させる可能性がある。

 その場合の責任を誰に問えるのかは難しい問題である。なぜなら、自律分散型ネットワークには明示的なコントロール手段が存在せず、誰も管理できないからである。つまり、管理責任を持つべき主体が存在しない。(管理主体が存在しないシステムを作ることそのものが犯罪的であるという視点はあり得るか?)

 ではネットワークの管理ではなく、作り出した責任はどうかというと、これを作ったのはノード・プログラムということができるが、プログラムは責任を持つ主体たり得ない。しかし、プログラムは開発者の意図の代行者であると見なすなら、ネットワークは間接的に開発者が作り出したものと見なせるかもしれない。

開発者の視点から見たまとめ §

 以上の話を開発者の視点からまとめる。

  • あらゆるシステムはトラブルを引きおこす可能性がある。自律分散型ネットワークも例外ではない
  • 自律分散型ネットワークは、制御できない可能性がある
  • トラブルが起こることが事前に予見できても、制御できないという理由によりトラブルを阻止できない可能性がある
  • それによって、極めて大きな被害が発生する可能性がある
  • 開発者は、その被害に対する責任を問われる可能性がある。あるいは、責任を問える対象は開発者しか見あたらないという理由で、責任追及の矛先が開発者に向けられる可能性がある

 このような問題を回避するためには、以下のような方策が考えられる。

  • そもそも自律分散型ネットワークは開発しない
  • 負荷分散が必要な場合には、負荷の掛かる部分だけノード間が直接対話するようにして、対話の制御権だけは常に外部からコントロール可能とする
  • 自律分散型ネットワークそのものの実験、研究が目的であれば、外部に迷惑が掛からない閉じたネットワーク上で行う

 以上のようなことから、以下のような結論を導きうるだろう。

  • 優秀な開発者は自律分散型ネットワークの危険性を認識しているので、そもそも作らない
  • 従って、世の中には自律分散型ネットワークはあまり見られない
  • そのような状況下で自律分散型ネットワークを開発してアピールすると、目新しく見えるために、あたかも革新的なプログラムを開発したかのように周囲を錯覚させることができるかもしれない (しかし、注目を浴びる手段としてはハイリスクである)

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