あるところに、それはそれは淫らな女王様がいました。
娼婦のような扇情的な服装で城内を歩き回り、目に付いた男という男は喰い放題。
臣下達は必死にそれを止めましたが、いくらいさめようとも逆に襲われて貞操を奪われる始末。女王様の淫蕩な魅力は大きく、男なら逆らうことはできないのです。
しかし、彼らは何とか必死に努力して、城外では男に指一本触らない……ということだけは女王様に約束させました。
さて、それで淫らな欲求を抑止できる女王様ではありません。
城外をパレードする際、下着を身に着けずにおき、偶然を装ってスカートをめくってノーパンを民衆に見せつけて喜びました。
臣下達は必死に知恵を絞って、新米のおそば仕えの女官のミスと言いつくろって、女官を一人クビにしました。
しかし、それ以上のことはできません。女王様に約束させたのは、男に触れないということであって、見せることは含まれていないのです。
女王様の行動はどんどんエスカレートしていきました。次の時には、馬車から降りる際に、「うっかり」女王様のスカートが落ちて下半身が丸出しになってしまいました。
今回は、ベルトの品質が悪かったからと一般には説明され、出入りの衣服業者が1つ切られました。
さて、民衆も馬鹿ではありません。こういうことが繰り返されると、本当は何が起きているのかを察する洞察力を身に着けるようになってきました。
一方、常に新しい「言い訳」を考え続ける臣下達も、豊かで柔軟な発想力が鍛えられていきました。
しかし、女王様だけはずっと同じレベルの淫らな行為を繰り返すだけで、全く進歩がありませんでした。
ある日、東の大国から来たという二人組の仕立て屋が王宮を訪れました。
この仕立て屋は、仙人が織ったという世にも見事な生地を持っていて、ぜひとも女王様のために服を作りたいと言ったのです。
しかし、その生地は「空気のように軽く馬鹿には見えない」という特別な折り方がなされていると言うのです。
女王様と臣下達は、さっそくその生地を見せてもらいました。
仕立て屋が生地を広げると、臣下達は皆感嘆の声を上げました。
しかし、女王様には全く見えません。
まさか「馬鹿には見えない」というのは本当であって、女王様だけが馬鹿なのでしょうか?
女王様は、自分が馬鹿という可能性を最初から排除して考えました。
馬鹿ではない自分にも見えないということは、この生地は最初から実在しないのだ。
馬鹿には見えないと言われれば、誰もが「見える」と言い張るだろう。
つまりこの仕立て屋はペテン師なのだ。
後で自慢げにそれを着てパレードをすると、子供から「女王様は裸だ!」と叫ばれて恥ずかしい思いをする……という筋書きなのだろう。
……とまあ、学のない女王様は子供の頃にばあやに読み聞かされた絵本を元に推理しました。
そして、女王様はにんまりと笑いました。
これで全裸で城の外を練り歩く口実ができた!
さっそく城内に部屋が用意され、仕立て屋は女王様の身体を採寸し、仕立てに取りかかりました。もちろん、女王様が、採寸中に仕立て屋も喰ってしまったのは言うまでもありません。
そして、服が仕上がり、誰もが感嘆の声を上げました。
仕立て屋は多額の報酬(女王様による強制的な性的サービスを含む)を受け取って、逃げるように東の国に帰っていきました。
さて、女王様はこの服のお披露目に、城下をパレードしたいと言いました。
驚いたことに臣下は誰も反対しませんでした。それどころか、女王様のイメージを挽回するためにも、ぜひするべきだという意見が大多数でした。
女王様は心の中で笑いました。みんな、馬鹿と思われたくないので、素晴らしい服が出来たと言い張っているだけなんだわ。
そして、屋根のない豪華な馬車が仕立てられ、女王様は新しい服を着てそれに乗ってパレードを始めました。
女王様としても、これは初めての経験でした。何しろ、素っ裸なのです。
ほれほれ、そこの男ども。この豊満な乳も、くびれた腰も、秘密のくさむらも、全て思う存分見るが良い!
そして、そこの子供! 叫びたければ叫ぶが良いぞ! 「女王様は裸だ」と!
ところが、性欲をぎらつかせて女王様を見る男はおらず、「女王様は裸だ」と叫ぶ子供もいませんでした。さげすみの視線を投げかけるはずの女性達さえ、まるで見えない服に感嘆しているかのような羨望の視線を送ってくるのでした。
どいつもこいつも、存在しない服をあると思い込んでいる馬鹿ばかりなのか!
女王様は苛立ちながら城に帰りました。
部屋に戻ると、女王様はストレス解消のため、風呂場に直行しました。
女官が、「お召し物をお脱ぎください」と言って追ってくるのは無視しました。どうせ裸なのですから、脱ぐのも演技です。
そのまま女王様が浴槽に身体を沈めるとどうも感触が変です。浴槽から出てみると、まるで濡れた布地が身体を覆っているような感触が感じられます。
女王様はその場で凍り付きました。
まさか……、空気のように軽く馬鹿には見えない布地で作られた見事な服は実在していて、みんなには見えていたというのか。
見えなかったのは自分だけだというのか。
しかし、女王様の愚行に付き合われた結果、臣下も民衆も賢くなったとは、馬鹿の女王様は気付くことができませんでした。
(遠野秋彦・作 ©2007 TOHNO, Akihiko)
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