ルキは元気いっぱいの女の子だった。
夢も希望もやる気も明るさも持ち合わせた彼女は、まさに期待のルーキーだった。
彼女が入社した中小企業の社員達はみなそう思った。
仕事をコツを飲み込んで、てきぱきこなす能力も高かったし、何よりいつも明るく前向きな姿勢はオフィス内のムードを良いものにしてくれた。
だから、ルーキーのルキ……という呼び名は、とても好意的なものだった。ルキも喜んで、そのように呼ばれることを受け入れた。
もちろん、いつまでもルーキーでいるつもりはなかったし、周囲も近い将来中堅戦力に成長すること間違いなしと思っていた。その時に、ルキをルーキーと呼ぼう……と思っていた者は誰もいなかった。
その日は、誰もが予想したよりも早く訪れそうな気配だった。翌年も新卒を採用することになった社長は、新しいルーキーを採用してルキは先輩になるのだ……と社内に語り始めたのだ。
ルキは、ルーキー卒業をワクワクと待った。
ところが、突然起こった不況のため、会社は倒産してしまった。社長は夜逃げし、ルキを初めとする社員は路頭に迷った。
もちろん、ルキがルーキーを卒業することはなかった。
しかし、取引先だった別の会社の部長がルキを気に入っていて、うちの会社に来ないかと誘ってくれた。
ルキは喜んで、その誘いを受けた。
ルキは、新しい会社で、元気いっぱいの明るいルーキーのルキとして紹介された。
もちろん、新しい会社での彼女はルーキーそのものだ。
喜んでルキはルーキーと呼ばれることを受け入れた。
そして、1年も経つ頃には、そろそろルキはルーキー卒業だな……と言われるようになった。
ところが、その会社はオーナー一族の内紛が原因で経営が傾き、ルキのいた部門はあっさりと切り捨てられてしまったのだ。
これには、真面目に働いてきた社員一同が愕然とした。
長年働いてきたベテラン社員ですらそうなのだから、ルーキーのルキに予測することなどできようはずもなかった。
しかし、ルキにはすぐ救いの手が差し伸べられた。元気のある可愛いルーキーの噂はあちこちに広まっていたのだ。
数社からうちに来ないかと打診され、ルキはマスコミからも注目された最も輝いている1社に入社した。
またもや、新しい会社でルキはルーキーとして扱われた。
ルキは、いつまでもルーキー扱いは嫌だな……と思ったが、その会社で新人というのは事実なので、すぐにルーキーの名を返上しようと努力した。
ところが、働き始めてしばらくして、ルキは「どうもおかしい」と気づき始めた。
景気よく大金が動く話がいくつも聞こえるのに、会社そのものがお金を稼いでいる気配がないのだ。
そのことを先輩社員に相談すると、笑われた。ルキはルーキーだから分からないだけさ……と。
その意味をルキが理解したのは、その会社が潰れた後だった。会社は潰れたが、高値で上場した株を売り抜けた関係者は大儲けしていた。ルキが相談した先輩社員も、ストックオプションで大儲けした後だった。
ルキは、押し寄せるマスコミと債権者の対応に矢面に立たされた。それは、死ぬほど恐い思いだった。
ルキは、また職を失った。
しかし、ルーキーのルキを欲しがる会社は多く、すぐにいくつもの誘いの声が掛かった。
ルキは見た目で会社を判断したことを反省し、小さく地味でも堅実な会社を選んだ。少人数のアットホームな会社で、裏切られることはありそうもなかった。
ルキは再びルーキーのルキとして新しい職場に立った。
ルキは仕事を素早く覚えていき、頼れる中堅戦力に成長した。
ところが、少人数の会社ゆえに、社員を採用することは滅多になかった。2年経っても3年経っても、ルキは最年少の社員だった。必然的に、いつまでもルキが後輩を持つことはなく、いつもルーキーと呼ばれ続けた。
いや、ルーキーと呼ばれることは本質的な問題ではなかった。
新人が入ってこないことにより、いつまでもルキは組織最下層の下っ端として使われ続けることが問題だったのだ。
ルキは、のんきな社長から、いつまでもこの調子で頼むよ……と言われたときにぶち切れて、辞表を叩き付けた。
もう会社勤めなどやるものか……と思ったルキはお笑いタレント養成所に入った。
そこでも、明るい性格のルキはメキメキと頭角を現した。見る者から好感を持って貰えるキャラクター性が注目を浴びたのである。
そこで芸名を付けてデビューすることになった。当初、ルキはラッキー・ルキという名前を希望した。しかし、何年もルーキー扱いで会社を転々とした前歴が面白いということで、事務所側によってルーキー・ルキとして売り出されてしまった。
ルキは、事務所から、人気が出たら好きに変えていいから……と説得され、人気を得るために頑張った。
ルーキー・ルキは、すぐに大ヒットし、人気タレントの仲間入りをした。
そこで芸名を変えようとしたルキだが、それは周囲から止められた。せっかく知名度の上がったルーキー・ルキの名前を捨てるのは得策ではないというのだ。
ルキはやむを得ず、ルーキー・ルキを名乗り続けることにした。
……やがて月日は流れた。
独特の明るいキャラクター性で中年になっても、老いの入口が見えても現役で頑張ったルキも、とうとう引退の時が来た。
つまり、ルキがルーキー・ルキの名前を外す日がやっと訪れたのだ。それはルーキーと呼ばれ続けた日々の終わりを意味した。
ルキは、もう誰もルーキーと呼ばないように……と髪型、ファッション、メイクをガラッと変え、ただのお婆ちゃんに変身した。ルキは、街を散歩しながら第2の人生を有意義に過ごすための何かを探した。
そして、ルキはゲートボールの練習を行っている老人達のグループを見つけた。
もう過激なスポーツはできないが、明るい太陽の下で仲間と過ごすのは好きだったので、このチームに入れてもらうことにした。
ルキを迎え入れたチームのリーダーは、ルキをメンバーに紹介した。
新しくチームに入ることになったルキさんだ。高齢化が進む我がチームに久々に入った新人にして最年少ルーキーだ。
そして、リーダーはルキに向き直って言った。
あの有名なタレントのルーキー・ルキにあやかって、あなたもルーキーのルキと呼んでよろしいですかな?
(遠野秋彦・作 ©2007 TOHNO, Akihiko)
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