神は空を作り大地を作り植物を作り動物を作り人間を作った。
しばらくの間、世界には調和が保たれ、平和な楽園を誰もが謳歌していた。
神はその状況に満足していた。
なぜかといえば、誰もが満足していれば、満足いく世界を作った神に感謝して豊富な貢ぎ物を神殿に捧げてくれるからだ。
だが、人間の数が増えてくると、争いが発生するようになった。人間達はグループを作るとより強い力を発揮できることを発見し、徒党を組み、やがてそれは国へと発展した。
世界は百あまりの小さな国々が群雄割拠する時代を迎えた。
常にどこかの国と国とが争い続ける状況に、神は大いに憂慮した。
なぜかといえば、人間達が戦争にうつつを抜かしていると、生産量が減り、神への捧げものが減ってしまうからだ。
そのような理由で神は戦争の禁止を人間達に言い渡した。
だが、その決まりは守られなかった。
なぜかといえば、自国を守る防衛戦闘までは禁止しなかったためだ。隣の国が軍備を持っていて、それが自国を攻めてきそうになっているが、攻め込まれたら負けそうだ。負けないためには、先制攻撃で相手の叩くしかない……、という理屈で戦争を始める国が後から後から出てきた。そして、戦争を受ける側も、まさに自国が攻められているのだから、戦争を避ける理由はなかった。
頭を抱えた神は考えた。
単純な禁止では抜け道を使われるだけだ。
ならば、禁止ではなく許可しよう。
ただし、そう簡単には実現できない条件を付けてだ。
そして、神は新しい決まりを人間達に伝えた。
戦争を始める場合は、神の使いといわれる神界のサイを相手の国の領土に投げ込むことで宣戦の合図とすること。
もし、この決まりを守らずに戦争を始めた国があれば、他国はこの国を攻めて領土を奪って良い。
人間達はこの決まりを喜んで受け入れた。何しろ、神から戦争をするお墨付きを得たのだ。
まず彼らは角も立派な神界のサイを持ち上げようとした。だが、巨大で重いサイはいかな力持ちでも容易には持ち上がらなかった。まして、相手国の領土に投げ込むなど、全く不可能だった。
人間達は、ここで方針を転換した。
サイが投げ込めないなら、戦争を始める馬鹿な国が出るのを待って、その国をみんなで攻めて領土を全て奪ってしまえば良い。
だが、全ての国がそう思って虎視眈々と軍備を磨いて待ちかまえていては、戦争が起こるはずもない。
神はやっと満足した。
世界からは戦争が無くなり、神殿への貢ぎ物も増えた。
増えるだけではなく、植物や家畜の品種改良も進み、質も向上していった。
神は、その状況にいたく満足した。
だから、人間達がより高度な家畜の品種改良技術を求めたとき、神は喜んでそれを与えた。
その技術で、更なる美食が人間達から神に献上された。
神はまさに満足した。
美食に満たされた平穏な日々が続き、いつしか神は人間界を見ることも無くなり、神界でまどろむ日々が続いた。
だがある日、人間界のあちこちから激しい怒号と悲鳴が響いてきた。
驚いた神が人間界を見ると、あちこちで戦争が起きていた。
神は慌てた。
すぐに、サイ達に確認を取る必要があると考えた。神が作った戦争抑止システムは、人間にサイを投げることができないことを前提にしていたが、何かの偶然で並外れた力持ちが生まれて投げてしまった可能性も否定できないのだ。だから、サイが投げられたのか投げられていないのかを、早急に確認する必要があったのだ。
神界のサイ族の長よ。今すぐここへ。
神はそう命じたが、なかなか神の部屋に長は来なかった。
苛立つ神が、まだ来ぬか!と叫んだとき、神の足許から、さっきからここにおります……と返事があった。
神は驚いて足元を見た。
手のひらサイズの小さなサイがそこにかしこまっていた。
おまえは何者だ? と神は質問した。
サイ族の長でございます、と手のひらサイズのサイは答えた。
馬鹿な。神界のサイは生まれたときから巨大ではなかったのか。
神がそう言うと、長は頭をかきながら答えた。
それが、人間達に品種改良されてすっかり小さくなってしまって……。簡単に人間にも投げられるようになってしまいました。
それを聞いた神は、思わず脇のテーブル上に並んだ美食の数々を見た。
人間達から高度な品種改良技術を取り上げれば戦争もできなくなるが、この美食も食べられなくなる。
だが、神は悩む必要がないことに気付いた。
戦争のことは、美食の献上が滞るようになってから考えればよい。
人間達が戦争をしていても、美食さえ献上されていれば何の問題もない。
そう、問題は何もないのだ……。
(遠野秋彦・作 ©2007 TOHNO, Akihiko)
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