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2008年02月14日
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ユメモノ騙り

Written By: 遠野秋彦連絡先

 ユメモノって知ってるよな?

 そう。人が死ぬときに大きな夢を残すと、それが実体化して出現するという「物」だ。そして、希に人間そのものがユメモノとして出現することがある。そして、この私こそは、5年前に他界したN博士が生み出したユメモノに他ならない。N博士の「研究を全て忘れて遊びたい」という夢が具現化した人間なのだ。

 ……などというのはもちろん嘘で、私はユメモノだと騙って人を騙す詐欺師なのだ。もちろん、法律上ユメモノは本人とは見なされないから、N博士の遺産は一切手に入らない。しかし、N博士の名声から寄せられる講演依頼などをこなしていけば、たっぷり儲かるという訳だ。

 というわけで、私は今日もヨーロッパのA国で講演を行っていた。もちろん内容はA国の争乱に巻き込まれた波瀾万丈の体験談だ。

 「そのとき、離宮から爆発音が聞こえてね。市民派の過激派の爆破事件だよ。その後すぐに、別の爆発音が聞こえて、見てみると議事堂が燃えていたんだ。王党派の報復が行われて、市内はもう大変なことに」

 そこまで私が語ったとき、聴衆の1人が立ち上がって叫んだ。「違うぞ。先に仕掛けたのは王党派だ! 先に爆破されたのは議事堂だ!」

 私は慌てた。何しろ、この話は何回もやっているが、違うと抗議されたのは初めてのことだ。だが、事件のお膝元のA国の講演なら、こういうこともあり得る。しかも、実際に事件を見たのはN博士であって私ではない。

 更に聴衆は言った。

 「さてはおまえ。N博士のユメモノと言っているが偽物だな?」

 そこまで言われると、もはや反論ができなかった。適当に誤魔化してすぐ逃げ出すしかない、と思ったとき。

 別の聴衆が立ち上がった。

 「何を言ってるんだ。N博士は正しい! 先に仕掛けたのは市民派じゃないか」

 私が、何が起きているのか理解する前に、場内は2つの勢力に分かれて騒然となった。もはや、講演どころではなかった。しかし、それはそれで良かった。私抜きで激論を交わしている間は、私が偽物だとばれる気遣いはなかったからだ。

 私は、主催者側スタッフに守られながら、安全に会場から出ることができた。

 しかし、困ったことになった。

 どちらの言い分が正しいのか、現場にいたN博士なら知っていなければならないのだ。

 私は、突っ込まれても答えられるように、事件の真相を調べ始めた。だが、それはすぐに壁に突き当たった。一般的には離宮が先と言われていたが、議事堂が先という説も根強かった。そして、どちらが正しいかは議論が未だに続いていた。

 私は、偉い学者達から話を聞いてらちがあかないと悟ると、詐欺師仲間の犯罪者ネットワークを経由して真相を調べた。

 そしてついに、事件を仕掛けたという大物詐欺師を突き止めた。彼は私の兄弟子に当たる人物だったので、快く会ってくれた。

 「絶対に誰にも言うなよ」と兄弟子は言った。

 「それで本当はどちらが先なんですか?」

 「同時さ」

 「え?」

 「音の伝わる速度は音速だ。同時に爆破されても、爆発音が同時に聞こえるわけじゃない。だから、その人がいた場所によって、どちらが先に聞こえたのかは違ってくる」

 「ちょちょちょ、ちょっと待って! 敵対する王党派と市民派がタイミングを合わせて同時に爆破を行うなんてこと、ありえますか!?」

 「だからさ。俺が仕事をしたのよ。両方の派閥に武器を売っていた死の商人から頼まれてね。武力衝突を起こさないと武器が売れないから、引き起こしてくれと。だから、どちらの派閥からも相手が先に仕掛けた、と思わせる仕掛けを準備したのさ」

 私は愕然として兄弟子の顔を見つめた。

 そして私は気づいた。

 「それ、嘘でしょ?」

 「ああ。さすがに同業者には通じないか」

 「本当の真相はいったいどうなんですか?」

 「実はな……」と兄弟子は遠くを見るような表情になった。「俺にも分からないんだ……。仕掛けたのは俺なのにな、現場で何が起きていたのか、全部把握できてない。なあ、あそこで起きたのは、いったい何だったのだろうな?」

(遠野秋彦・作 ©2008 TOHNO, Akihiko)

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