A村は、危機に瀕していた。
村の豊かさを支えていた貴金属の原石が取り尽くされてしまったのだ。
A村の近くでは、原石が露出した場所があり、そこから原石を採ってきて売るだけで大金が転がり込んだ。そこは村人だけの秘密の場所であり、部外者に採られる心配はなかった。ほとんど仕事をせずとも遊んで暮らせる素晴らしい生活が何世代も続いていたのである。
だが、原石は無限ではない。採り尽くしてしまえば、無くなるのは道理である。
A村の人々は焦った。地面の下に、まだ原石があるのではないかと思って専門家に調べさせたが、答えはノーだった。
もちろん、真面目に地道のコツコツ働けば質素な暮らしは成立するはずであった。しかし、何世代も、質素な暮らしに縁がなかったA村では、それは到底受け入れられない解決策だった。
ここで問題だったのは、A村にはかなりの富の蓄えがあり、原石が無くともしばらくは問題なく生活できることだった。
そこで、A村の人々は急いで結論を出す必要はないと考え、打開策の議論を繰り返した。もちろん、妙案などあるはずもなく、話はいつも堂々巡りであった。
さて、ある日、A村に魔法使いがやってきた。
「サリバンといいます。気軽にサリと呼んでください」
サリは、旅の疲れを癒すという名目でしばらく村に逗留した。そして、乞われるままにいくつかの魔法を披露した。物体を消したり、何もないところから物体を取り出したり、知るはずの無い事実をずばり言い当てたり、時には空中さえ浮遊して歩いた。人々は、サリを本物だと確信した。
さて、サリがお札を空中から取り出して見せたとき、村人の多くは彼こそが村を救う救世主だと確信した。
村人達は、サリにお願いした。いつまでも村にいて、お札を取り出し続けてくださいと。
サリは笑って諭すように言った。
「お札のように価値あるものを大量に無から取り出すことは戒律により禁じられているのです。それを行えば世の中の秩序が乱れます」
村人達は、事情を説明し、「そこを何とか」と頭を下げました。
サリはしばらく考えてから言った。
「お札は出せませんが、この村に富が集まってくるような魔法をこの土地に掛けることはできます。でも、それは非常に手間と時間が掛かる大変な作業になりますよ。それにお金もかかります」
村人達は、それでもいいからやってくれ、とサリに頼みました。
サリは、村人を総出で使って魔法の力が集まる場所を探し、そこにテントを張って三日三晩、魔力を集中し続けた。
それが終わると、サリは村に戻って告げた。
「それほど遠くない将来、この村は再び豊かになるでしょう」
村人達は、それはいつかと質問した。
「魔法の発動にはムラがあるので、正確には分かりません。しかし、遠い未来ではありませんよ」
そして、サリは仕事を終えたので村を去ると村人に告げた。
村人達は慌てた。
「これじゃ、魔法使いサリではなく、魔法使い去り、だよ」
しかし、サリは既に魔法は完成しているから、たとえ自分が死んでも間違いなく魔法は発動するから安心せよと答えた。
それを聞いた村人達は、急にサリに渡した莫大な報酬が勿体なくなった。いくら「遠い未来ではない」と言われても、それがいつかは分からない。蓄えは多い方が良いのだ。
そこで、村人達は村を立ち去るサリを待ち伏せて襲って、殺してしまった。
村人達は、サリに渡した報酬を取り戻し、更にサリの持ち物も全て奪った。
「これで、元々の富は全て取り戻し、あとは魔法で呼び込まれる富を待つだけだ」
しかし、村人の1人がサリの持ち物からとんでもないものを発見した。それは、魔法使いを偽装した詐欺のやり方を克明に記した詐欺の秘伝書だった。
「魔法使いサリだと思ったら、魔法使い詐欺だったのかよ」
村人達は、あきれ果て、そして自分たちが騙されたことを知った。
つまり、いくら待っても、富が村に集まってくることはあり得なかったのだ。
それから数年後。A村は以前と同様の豊かな村になっていた。しかも、真面目にコツコツ働くこと無しにだ。サリの言った通りの結果になったのだ。多くの人々はこの繁栄を不思議がったが、村人は皆「魔法の力によるもの」と主張した。村人は、「この繁栄はサリのおかげ」と彼を称え、『事故』で死んだ彼を神社に祭って盛大に供養を行った。
しかし、神社に秘伝書が奉納され、毎年村の若者達が秘伝書の写しを持って各地に派遣されていることは、村人の誰も部外者に語ることはなかった。そして、各地での魔法使い詐欺の被害が増えていることについても。
(遠野秋彦・作 ©2008 TOHNO, Akihiko)
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