そのひだまりは、特別だった。
しかし、そこを知っているのは織田麻里だけだった。
織田麻里は本が好きな少女であったが、林の中の一角、滅多に誰もやってこないその場所がお気に入りだった。誰にも邪魔をされず、暖かい日差しに包まれて行う読書は格別だったのだ。
しかし、ある日、織田麻里はそれだけでは物足りないことに気付いてしまった。せっかくの素晴らしいひだまりに、自分1人しかいないのはつまらないではないか。もちろん、人間はうるさいから来て欲しくなかった。だが、人間以外なら来ても良いと思ったのだ。
織田麻里は本で読んだおまじないを行い、人間ではない不思議な誰かが4回ここを訪問するように念じた。
翌日、織田麻里がひだまりに行くと、ブリキの兵隊人形が落ちていた。人形の足は外れていた。織田麻里はその人形を拾い上げると、丁寧に掃除をしてから足を取り付けた。
すると人形は急に動き出してお辞儀をした。
「ありがとうお嬢さん。おかげで助かりました」
「どういたしまして」
「素晴らしいひだまりに見とれていたら、うっかり転んで足が外れてしまいました」
「今度からは気をつけてくださいまし」
「いえ。私は旅の者で、再びここには来ないのです」
「まあそれは残念」
「しかし、この場所には誰かがあと3人やってくるでしょう」
「ええ。私がそのようにお願いをしたから」
「しかし、4人目を迎え入れてはなりません。それは、何も与えず、奪うだけの悪魔だからです」
「まあ」
「そのためには、3人目が取り引きを持ちかけても乗ってはいけません。それさえ守れば、4人目は来ません」
「分かりましたわ、ブリキの兵隊さん」
「では、お礼にこれを進呈しましょう」
ブリキの兵隊は、織田麻里にブリキの勲章を手渡して去っていった。
次の日、織田麻里がブリキの勲章を太陽にかざして見ていると、ひだまりに犬がやって来た。
「わんわん。お嬢さん、その素晴らしい光る勲章を私に譲っていただけませんか?」
「それはどうしてかしら、犬さん」
「私は強い犬ですが、見た目が地味です。せめて光るものを身につけたいのです」
「確かに何かアクセントがあればいいわね。いいわ。この勲章は差し上げます」
織田麻里は勲章を犬の首輪に取り付けた。光り輝く勲章は、確かに犬の見栄えを良くした。
「感謝します。では、お礼にこれを差し上げます」
犬は、強敵に勝利した証として奪ったという黄金の犬歯を置いて去っていった。
翌日、今度は天使がやって来た。
「織田麻里さん。今日はお願いがあって参りました」
「なんでしょう?」
「あなたがお持ちのその黄金の犬歯は、実は地獄の番犬、ケルベロスのものなのです。ケルベロスは、犬歯を失って食事がよくできなくなり、やせ細ってしまいました。ぜひ、その犬歯をお返しください」
そこで織田麻里は考えた。
この天使は3人目だ。その申し出を受けると、4人目の「奪うだけの悪魔」が来てしまう。しかし、織田麻里は自分の持ち物が、既に読み終わった本だけだと確認すると、この本を悪魔に進呈すれば済む話だと思った。
そこで、織田麻里は快く犬歯を天使に手渡した。
「ありがとう、織田麻里。お礼にこれを進呈しましょう」
天使はその場に神の木、世界樹を植えて去っていった。
しかし、織田麻里はすぐに最悪の問題に気付いた。天にも届く巨大な世界樹は、織田麻里のお気に入りのひだまりを覆い隠してしまったのだ。もはや太陽の光はいつもの場所に届かない。
次の日、ひだまりが無くなって途方に暮れていた織田麻里に悪魔が訪問してきた。
「天使から話は聞いたぞ。おまえがケルベロスの犬歯を持っていたそうだな」
「はい。そうです」
「ならばおまえが犬歯を盗んだ泥棒か」
「い、いえ。そんなことは……」
「聞く耳は持たん。おまえには罰を与えねばならん。おまえの持ち物の中で、最も価値あるものを没収する」
「そ、それは……。私の持ち物はこの本ぐらいしか……」
「馬鹿者。そのような安っぽい本では罰にならぬ。おまえが持っている最も価値あるものといえば、世界樹ではないか。これは没収する」
次の瞬間、世界樹は消え、世界樹に遮られなくなった太陽の光は、ひだまりを作るようになった。
奪うだけの悪魔は、確かに奪うだけで何も残しては行かなかった。
しかし、織田麻里はとても嬉しい気持ちになり、さっそくひだまりで読むための新しい本を買いに出かけた。
(遠野秋彦・作 ©2008 TOHNO, Akihiko)
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