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2009年01月26日
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下高井戸分水と新編武蔵風土記稿はどちらが先か・そして絡み合う田沼時代の評価と新田開発問題

Written By: 川俣 晶連絡先

 新編武蔵風土記稿の時点で下高井戸分水は既にあったのか、ちょっと気になったので確認。

 孫引きになりますが、「玉川上水路関係分水調査報告 昭和37年4月 東京都水道局」によると「上水記」に記された下高井土村分水」は「安永四未年七月、久松筑前守勤役之節願済」です。安永四年は1775年1776年に該当。

 新編武蔵風土記稿は「文化・文政期(1804年から1829年、化政文化の時期)に編まれた武蔵国の地誌」(WikiPediaより)です。

 従って、新編武蔵風土記稿に記された「陸田多くして水田少なし」という記述は下高井戸分水が出来上がって少なくとも25年程度以上が経過した時期に関する描写ということになります。

 つまり、以下のことが分かります。

  • 下高井戸分水が出来る前はより水が少なかったはずなので、「陸田多くして水田少なし」という傾向はより強いだろう
  • 下高井戸分水は下高井戸における水田の面積を「圧倒的に」増やす効能は持たなかったらしい

 後者は下高井戸分水が、もともと存在した自然の河川(神田川の支流)の上流部に玉川上水の水を流し込んだものだとすれば、辻褄が合います。下高井戸分水によって水を供給できる土地の多くは、既に支流によって水を供給されていた土地でもあるからです。そして、この支流はかなり短いものであり、もともとあまり多くの土地に水を供給していなかっただろう、ということも考えられます。

別の可能性・下流域の新田開発 §

 きむらたかし@三田用水さんによると以下のような状況があるようです。

ところで「下高井戸 吉田園の位置を…」に掲載され ている「「東京府豊玉郡高井戸町全図 昭和5年」の 吉田園北西のおそらく神田川右岸の南北方向に縦にスライスしたような地割りは、享保以降の公儀主導の新田開発地の典型例のように見受けられ(要するに、各農地の日照と水利を平等にするため、あえて鰻の寝床のように地割りする)興味がわきます。

 享保は以下の通りで、下高井戸分水の成立よりも前の時代にあたります。

享保(きょうほう、きょうほ)は、日本の元号の一つ。正徳の後、元文の前。1716年から1735年までの期間を指す。この時代の天皇は中御門天皇、桜町天皇。江戸幕府将軍は徳川吉宗。

 ここで指摘された場所は、現在の東電グラウンドのやや東よりの場所で、下高井戸分水の流域ではありません。しかし、下高井戸分水が流れ込む神田川支流の下流域にあたります。つまり、下高井戸分水の目的は下高井戸分水そのものの流域を潤すことではなく、その分水が流れ込む支流の水量を増やして新田開発を可能にするためのものだった、という可能性も考えられます。

 (もう1つは、玉川上水からの取水点からしばらく平行して分水が続く部分に水を供給するというアイデアです。玉川上水の脇であっても、直接水を取ることは許されていなかったので)

時代背景 §

 このような問題をもっと考えるには時代背景を見ていく必要があります。

 1775~1776年は田沼時代にあたります。

 実は、水路関係の話題で昭和20年代よりも前に遡ることはほとんど考えていませんでした。なぜかといえば、古い地図では細かい水路が省略されていることが多いし、西洋式の測量術で確実な位置が示された資料もあまり多くはなく、どうしてもあてになる資料というと米軍撮影の昭和22~23年の航空写真以後になってしまうからです。

 更に言えば、私の歴史的な興味はどちらかといえば江戸時代ではなく中世に向いています。もともと、様々な理由からその方が面白そうだと思っていた上、下高井戸とその周辺は中世絡みの話題が多いのです。鎌倉街道はおそらく鎌倉時代。下高井戸八幡神社は戦国時代です。

 というわけで、けして中世の知識は豊富というわけではありませんが、近世はそれに輪を掛けて知識がないのです。

 だから、田沼時代と言われても、その場で硬直して動けなくなってしまいます。

 田沼意次という人物が毀誉褒貶が激しく、悪人なのか切れ者なのかも、素人には咄嗟には判断が付きません。

 仮に田沼意次という人物が農業を過剰に重視しない重商主義的な人物であり、そのような政策の中で下高井戸分水が成立したとすると、実は水田を増やすという目的とは別の意図を持って分水が成立した……つまり、水田が増えないのは織り込み済みという解釈ができるかもしれません。(この解釈において、水田は水の使い道の1つでしかない)

 しかし、支流の下流域のそれほど大きくはない新田を開発するために分水を引いたとすると、これはむしろ重農主義的な行為であり、反田沼派による行いである……という解釈もできるかもしれません。とりあえず、「安永四未年七月、久松筑前守勤役之節願済」と記述された久松筑前守なる人物が田沼派か反田沼派かだけでも分かれば、少しは解釈の糸口になるかと思いつつ、基礎がまるで出来ていない私には全くのお手上げ状態です。(そもそも問題の立て方が間違っている可能性も高い)

感想 §

 下高井戸分水はただの農業用水で、農民が「水くれ~」と言って幕府が「しょうがないな」と取水を認めた……という程度の話だと思っていましたが、どうもそれほど単純な話ではない可能性が出てきました。まさか、田沼意次という名前が絡んでくるとは思ってもいませんでした。

 ちなみに、江戸時代(といっても長いが)の下高井戸や似たような位置づけの土地は、江戸の市街地に対して、「米」以外の野菜等の商品作物や、行楽を提供する地域になっていた可能性があり、その場合は「米」ではなく「貨幣」によって経済が成立することになります。とすれば、「水田を増やす新田開発」とは別の形での「豊かさの追求」があり得ます。それは、田沼意次という人物と相性が良いかも知れず、下高井戸分水が田沼時代に作られたことは何か関係があるのかも知れないと思いつつ、まだ漠然とした感想の域を出ません。しかし、少し興味が出てきたのも事実です。

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