あるところに何でも一番でなければ気が済まない仮面が住んでいました。
自らを赤く塗り替えて、最強の証である力と技の風車まで手に入れたほどです。
しかし、それだけではまだ満足できません。国でいちばん速く走れる男、アキレスの噂を聞いた仮面は、どうしてもアキレスに勝ちたくなりました。
とはいえ、どう考えても普通にやって勝てる相手ではありません。勝てないどころか、勝負にすらならないでしょう。仮面は顔に付けるものであって、自ら歩くことすらできないからです。
そこで仮面は計略を考えました。
つまりこうです。
仮面は、亀に変身してアキレスに勝負を申し入れます。その際、2つだけ条件を付けます。1つはアキレスよりも亀が後ろからスタートすること。もう1つはハンデとしてアキレスは仮面を付けて走ることです。走り出す直前に仮面は亀の変身を解いてアキレスに身につけさせます。先の位置からスタートするアキレスからは、背後に亀がいないことは見えません。
そして、ここが最大のポイントです。そのままゴールしても、おそらくアキレスの手が最初にゴールラインを超えるでしょう。仮面よりも先にです。しかし、ゴール直前で仮面が勢いよく前に飛び出せば、アキレスの腕よりも先にゴールラインを越えられるはずです。
完璧な計画に満足し、仮面は亀に変身してアキレスを挑発した。
「この弱点持ちのアキレス腱野郎。悔しかったオレと勝負しろ!」
アキレス腱はアキレスのトラウマともいえる弱点だったので、彼は本気で怒りました。
そして、ついに勝負の時が訪れました。逆上したアキレスに全ての条件を飲ませ、仮面は変身を解いてアキレスの顔に装着されました。
「よーい、スタート!」
合図でアキレスは走り出しました。
その素晴らしいスピードに仮面は驚嘆しました。
計略抜きで勝てる相手ではなかった……と。
そしてゴールラインが見えたとき、仮面は勝利を確信しました。
「やったぞ! これで私の勝ちだ!」アキレスは歓喜に溢れて叫びましたが、手遅れです。仮面は、自らをアキレスの顔から正面に飛び出させました。
仮面は完全に勝利を確信し、地面への落下の時間を至福の一時として過ごしました。
しかし、次の瞬間、無情な言葉が聞こえました。
「アキレスの勝ち!」
驚いて仮面があたりを見回すと、アキレスはゴールラインを越えていたのに、仮面はゴールラインの手前に落ちていました。
「なぜだ! なぜアキレスの顔から飛び出したオレがゴールラインの手前の落ちているのだ!」
そこで、審判員がやってきて告げました。
「アキレスは勝利を確信した喜びで身体をのけぞらせながらゴールラインを越えたのです」
「まさか……」仮面は冷や汗をかきました。「その時のアキレスの顔の向きは?」
「真上を通り越して、少し後ろを向くぐらいの角度でしたね。仮面さんは進行方向の後ろに景気よく飛んでいきましたよ」
(遠野秋彦・作 ©2009 TOHNO, Akihiko)
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