始末書モンは始末書のモンスターだった。
しかし、モンスターである以上、凶悪な力を持っていた。彼は人類を滅ぼし、悪魔の世界を到来する旗印として役目も持っていたのだ。彼が合図すれば、凶悪な軍団が地獄より来襲し、人類を滅ぼす手はずまで整っていた。
そして、人間が不祥事を起こし、それをもみ消そうとしたとき、つまり始末書をないがしろにしたときが、始末書モンの誕生の時になるはずであった。
それ故に、彼こそが旗印になるべき存在として承認され、地獄の悪魔達が待ち望んだわけである。不祥事こそ、神々の介入を不要とする大義名分であったのだ。
やがて、ついに始末書モンが誕生する時が来た。とあるサラリーマンが不祥事を起こしたのだ。それなのに、彼は始末書をいい加減に書き飛ばし、起きたはずのことをまるで無かったかのように言い放った。
彼が紹介した商品のために、人が何万人と死んだのに、彼は何とか言い抜けようとばかり考え、責任を取ることは全く考えていなかった。
そこで、ついにモンスターの始末書モンが誕生した。
彼は小さく弱くても、彼の一声で地獄の凶悪な軍団が全て人類を滅ぼすために動き出すはずであった。
しかし、彼はその前に人間に対して挨拶してやろうという茶目っ気を出した。
だが、それを口にする前に人間が叫んだ。
「ああ、まったくこれは、とんでもない始末書もんだ」
そして、忌々しげに拳を振り下ろした。
「あれ、虫でも潰したかな」
モンスターが誕生したことに気付かないサラリーマンは、血が付着した自分の手を見た。
地獄の軍団は、始末書モンの声をいつまでも待ったが、それは無かった。声を出す前に、本人も気付かないうちに潰されていたとは誰も気付かなかった。
しかし、それは何の問題もないことだった。なぜなら、近日中に第2第3の始末書モンが産まれることは確実だったからだ。
(遠野秋彦・作 ©2009 TOHNO, Akihiko)
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