軍人というものは丘が好きである。
なぜ丘が好きかといえば、丘は平地よりも遠くまで見渡せるし、守りやすいからである。そして、より遠くまで見えることは、戦いの上では大きなアドバンテージになるわけである。
もちろん、これは現代戦においても何ら変わることはない。やはり多くの局地戦は丘を確保するための戦いになってしまう。やはり丘を確保することは軍人として避けては通れない道なのだ。
そういうわけで、西暦2XXX年。世界最強とうたわれたA国軍は、とある丘を包囲していた。この丘には2人の敵兵が立てこもっていた。とはいえ、2人といっても侮ることはできなかった。様々な自動防衛兵器が設置された丘を守るのに、2人とは最低限必要にして十分な人数だったからだ。
もちろん、この戦争はどこからどう見てもA国軍の勝ちだった。何しろ、世界最強である。
しかし、この丘に限れば同じではなかった。もしかしたら、A国軍主力が敵国を降伏させるまで、粘り続けるかもしれない。それだけの準備が見られるからだ。
むろん、それは無意味ではない。たとえ敵国が降伏しても、A国の敵は他にいくらでもあるし、それらの国々が高給で彼らを迎え入れる可能性があるからだ。A国軍相手に最後まで屈服しなかった兵士とは、それだけの価値がある存在なのだ。
従って、A国軍としても、この丘は何としても占領しなければならなかった。しかし、既に2回の攻撃を失敗させていた。相手の準備の周到さを見くびっていたのだ。その結果、A国軍は丘を包囲してしばらく攻撃の手を休めた。戦力を蓄えて、数の優勢で叩きのめすための小休止だ。その間も、丘の上では人影が2つ、暗い夜空を背景に動き回っていた。狙撃するには十分ではない明るさだったし、アンチ狙撃システムも稼働していて、狙撃の試みは排斥されていた。見えるのに撃てないもどかしい状況だった。
その人影を見ながらA国軍達は焦った。
このまま放置しておけば、あの2名はA国軍の次の敵に雇われてしまう。しかも、A国軍に勝ったという折り紙付きだ。
しかし、本国からの返答は無情だった。長々と待たせた上で、「正規軍は増援にまわせない」と言ってきたのだ。
回せるのは、傭兵の2人のみ。
その2人はやがてやってきた。
「我々は傭兵ですから、給料を払ってくれる相手に忠誠を誓います。昨日の敵も今日の友軍です」
「ほほう。しかし、たった2人で何ができるんだ?」
「前の仕事では世界最強のA国軍を相手に丘を防衛する仕事をしていました。もちろん、仕事をやめるまでずっと守り抜きましたとも。といっても、給料が出なくなったのでやめただけですけど」
丘を防衛するとは、どこかで聞いたような話だなと思いながら、質問した。
「それで、どこの丘なんだ?」
「あれです」傭兵は、2つの人影が動き続ける丘を指さして言った。
「おいおい。あそこにはまだ2人が立てこもったままだぞ」
「ああ。まだバッテリーが切れてませんね。あれはダミー人形ですよ。まだ動いてたのか。でも、防衛設備の方はとっくにバッテリー切れになってるはずですよ。歩いて入れば誰もいないからすぐ占領できます」
(遠野秋彦・作 ©2010 TOHNO, Akihiko)
