エイのハブ君は、海の王者でした。
誰もがハブ君が通ると道を空けました。
腕っ節も強く最強だったのです。
しかし、ハブ君はそれでは満足しませんでした。
ハブ君の理想は、船長でした。
みんなが怖がって逃げ出すのではありません。
みんなが尊敬してくれ、命令通りに動いてくれる立場に立ちたかったのです。
そんなとき、海に漁船がやってきました。
もちろん、漁船には船長がいました。
ハブ君はそのとき考えました。
これほど強い自分が船長になれるのは当然だが、そのための船や組織をいちいち作るのは面倒です。
ならば既にある船を奪い、船長の座を奪ってしまうのがいちばん簡単です。
そこで、ハブ君は船を襲撃しました。
しかし、一致団結している船を相手に、ハブ君の味方は誰もいませんでした。みんな怖がって逃げてしまったからです。
結局、ハブ君は敗北しましたが、一番下っ端の船員としてこき使われることになりました。
エイのハブ君は「エイハブ」というあだ名で呼ばれるようになりました。
「エイハブ、ここを掃除しておけ!」といった命令を下されても反抗できませんでした。
更に、船長になりたかったという希望まで知られると、「エイハブ船長」と揶揄されて呼ばれるようになってしまいました。
やがて、ハブ君はこの船がただの漁船ではなく、巨大海獣と戦うために航海していることを知りました。
海の果てで、その巨大海獣は出現しました。
ハブ君は、自分が海の王者ではあり得ないことをそのときに痛感しました。戦って勝てる相手ではありません。しかし、船は戦いを挑みました。
次々と仲間が倒れても船長は諦めません。
「どうしたエイハブ! こっちは砲台から手が離せない! 船のコントロールを確保しろ!」
「えっ? 僕がですか? いちばん下っ端の僕が舵輪を握って良いのですか?」
「復唱はどうした!」
「はい! エイハブ・コントロール!」
そして、その戦いの結末は誰も知りません。船長が海獣と差し違えたとか、ハブ君は故郷に戻ったとか、いろいろ噂はありますが、誰も真相を確認しに行った人はいませんでした。
(遠野秋彦・作 ©2010 TOHNO, Akihiko)