以前、軍事ラインとしての玉電という話を書きましたが、池の上に行ったあと、地図で歩いた範囲をチェックしていて、ここまで来ると世田谷線と経路が近いことに驚きました。つまり、井の頭線とは、いわば第2玉電と解釈できるのです。
とすれば、玉電と重ならない区間にこそ、後から建設される必然性があるはずです。
まず、起点はもちろん駒場の軍隊。そこから都心へ出るには渋谷。そこから先は都電か省線で良いし、もう目黒に火薬庫も無いので、渋谷終点でOK。
更に、永福町が重要な拠点駅になるのも必然。そこは旧火薬庫の裏手です。明大前は正門前。
問題はその先です。吉祥寺に軍事的な重要拠点があるかというと、特にありません。しかし、吉祥寺は最初から高架で、最初から省線を越えて先に進む意図が見えます。ならばその先に何があるのかといえば、ありました。中島飛行機です。陸軍機を多く手がける中島なら、駒場の陸軍と連絡を良くする路線にニーズがあることは当然想定できます。
つまりまとめると §
玉電は和泉の焔硝蔵と目黒の焔硝蔵を駒場を経由して連絡するもの。松原も軍事的な技術を有するという仮説が正しければここも経由します(東松原)。
一方で、焔硝蔵が既にない昭和の井の頭線は、もはや存在しない焔硝蔵を結ばず、軍事拠点である駒場と飛行機工場を結ぶことになります。
もう1つ、世田谷を経由する必要性から解放された井の頭線はまっすぐ駒場を目指します。
……という話を信じてはいかんぞ。
あくまで思いつきだ。
余談・地図センター §
突然気付いたのですが、大橋の地図センターも井の頭線の神泉駅から歩いて行ける距離にあります(玉電ならもっとアクセス容易)。そして、地図と言えば軍事との関係が深いものです。地図センターがいつからここにあるのか分かりませんが、ミリタリーライン沿いにあるのがはまりすぎていて興味深いところです。