大金持ちの男が山荘で殺された。
山荘で働くメイド達の1人が死んでいるのを発見したのだ。
彼には敵が多かったので、誰が彼を殺しても不思議ではなかった。実際に使用人として潜り込んだ殺人者まで発見された未遂事件すらあったのだ
しかし、ヒントはあった。
彼は死ぬ間際、ダイイングメッセージを残していたのだ。
「ましょうの……」
そのあとはどうやら女と書こうとして息絶えたようだった。
警官達は話し合った。
「ましょうのおんな。ですかね」
「うん。そうに違いない」
「しかし、大の大人が魔性の女ぐらい漢字で書けなかったのでしょうか」
「今や漢字はみんな仮名漢字変換で入力してしまうしな。漢字が手書きで書けなくても不思議じゃない」
「あるいは画数が多いから、書ききれないと思ってひらがなにしたのですかね」
しかし、手柄は中央から来た刑事に持って行かれた。彼らはすぐに話を聞きつけるとやってきて、魔性の女を捜した。
そして、容疑者の中で「魔性の女」と呼べるのは彼女だけだった。何しろ、魔女のコスプレで占いをしている上で、性格も悪く周囲から魔性の性格と呼ばれているのだった。
その女は東京にいて、殺せるはずがないと言い張ったが、時刻表片手に徹夜で頑張った刑事のおかげでアリバイは崩れた。時刻表を斜めから読まないと分からないような悪魔的に巧妙なトリックだったが、むしろ魔性の女の巧妙さと受け止められた。
一件は落着した。魔女は自分ではないと言い張ったが、誰も味方をする者はいなかった。裁判でも重い刑罰は避けられないと予測されていた。反省の色も見せないのでは叙情酌量の余地もない。
やがて、警官達は押収した遺品を返すことになり、山荘にやってきた。
被害者の息子と、依然と変わらないメイド達が警官達を迎え入れた。
息子は言った。
「ありがとうございます。父を殺した犯人を突き止めてくれて。あの女には僕もしてやられたことがあってね。あいつをこらしめるのなら、僕も大賛成です。ぜひ、厳罰にしてやってください。なんなら死刑でも構いませんよ」
そのとき、奥から可愛いメイドが出てきて言った。
「お坊ちゃま、お茶の時間です。お茶を飲みましょう。警官の皆さんもいかがですか? 用意してありますから、ぜひ飲みましょう」
そして、そのメイドが奥に引っ込むと別のメイド達がひそひそ噂した。
「やっぱり変よね。あの言い方」
「そうよ。いちいち『ましょう』なんて付けるのは何様よ。使用人のくせに。お嬢様にでもなった気分なのかしら」
思わず警官の1人が聞き返した。
「『ましょう』だって?」
「ええ。彼女はご主人様が亡くなるちょっと前に雇われたんですけど。いちいちましょうましょうって五月蠅いから、ついたあだ名が『ましょうの女』。付けたのは死んだご主人様ですわ」
「どうしてそのことを早く言わないんですか!」
「だって誰にも聞かれないから。刑事さん達、みんな時刻表見てぶつぶつ言ってるだけだし」
警官は思った。
被害者が生前に潰したライバル会社は多い。その経営者の中には首を釣った者も数人いる。その娘の中に、確かああいう背格好の女がいたような……。
警官は慌てて確認のために走り出した。
(遠野秋彦・作 ©2010 TOHNO, Akihiko)