ミュータントとは、突然変異種である。放射能などを浴び、異なる形質を得てしまった者を言う。しかし、通常の人間とは異なるため、迫害の対象となることも多く、しかも生存に有利な形質が得られることは希だった。
しかし、ミュータント研究の大家であるM博士は、ついに人間以上の超絶的な能力を持つミュータントに出会った。
悲惨な戦争で荒廃した惑星で見出されたその者こそ、M博士が12番目に発見したコードネームμだった。幼い少女でしかないμであったが、超能力を使いこなし、手を使わずに物を動かし、瞬間移動し、人の心を読むことができた。しかし、正体を隠すのが上手いμはすぐに周囲に溶け込み、μたんと呼ばれて親しまれた。
しかし、μたんは孤独だった。他人の心を読んで、相手に合わせて演技しなければ生きていけない存在だったのだ。
唯一、μたんが心を許せるのがM博士だった。M博士は、μたんを研究対象を越えて溺愛し、実の娘のように扱った。
いつしか美しい娘に成長したμたんは、M博士と結婚するまでに至った。
「これでいつまでもμたんと一緒だよ」
「もう、そんな子供みたいな名前で呼ばないで」
「いいや。いつまでもわしには、可愛いμたんなんだよ」
「もう。あなたったら」
全ては順調だった。
μたんはすぐに息子も身ごもった。
2人は幸せの絶頂だった。
生まれた子供は、母親の超能力と父親の知性を受け継いだ優秀児だった。
彼は成長すると言った。
「実は僕、1つだけ母さんに質問があるんだ」
「まあ。何かしら?」
「僕は誰の子供なの?」
「あなたは私とM博士の子供よ」
「嘘だ」
「どうしてそう思うの?」
「当時の夫婦生活のサイクルと母さんの月経サイクルを調べたんだ。でも、数字が合わないんだよ」
「あらまあ」
「僕が受精したとされる推定日、どう考えてもパパは調査旅行中でうちにいなかったんだよ」
「よく調べたわね」
「しかも、ママは心にシールドを下ろしてそこだけ僕に心を読ませないんだ」
μたんはため息をついた。
「しょうがないわね。これから話すことは絶対に秘密にできる?」
「うん」
息子は自らの出生の秘密にゴクリと唾を飲み込んだ。
「あのとき。M博士は女人禁制の僧院に寝泊まりして調査をしていたのよ。でも、我慢ができなくなって、テレポートしてM博士のベッドに行っちゃったの。ばれたら宗教上の戒律を破ったことになって厳罰だからね。絶対に内緒よ。私はあくまで家でずっと待っていた貞淑な妻だからね」
(遠野秋彦・作 ©2010 TOHNO, Akihiko)