オレは2次コンだ。つまり、3次元の女には興味も無い。もちろん生身の女ってことだ。
欲しいのは、アニメキャラだけだ。アニメキャラを愛し、そのキャラのあらわな姿の抱き枕を抱いて寝て何が悪い。
気になるキャラは何人もいるが、一押しはなんといっても、ミユキちゃん物語のミユキちゃんだ。ミユキちゃんこそオレの嫁だ。
だが、同志は割と多い。皆、自分の好きなキャラにぞっこんなのだ。オレの嫁と言い切って後悔もないのだ。
ネットでそういう連中と付き合うようになってから、2次の嫁は本物の嫁として認められない差別が徐々に分かってきた。3次の女を嫁にする配偶者控除を受けられるのに、2次ではダメなのだ。こんな差別があるか。
オレたちは運動を起こした。
そして、運動は盛り上がり、いくつかのハプニングと紆余曲折の後、実は3次の嫁がいても2次コンであるとカミングアウトした首相のおかげで、2次のキャラも配偶者として認める法案が可決された。
こうなれば、オレたちの天下だ。差別は撤廃され、オレたちは堂々と自分の好きなキャラをオレの嫁として主張できるわけだ。税金の配偶者控除も有効だ。
喜んだオレはオレは大切なミユキちゃんの抱き枕を抱いて寝た。もちろん、寝る前に行った行為は秘密だが、匿名掲示板で思いっきり自慢してやった。
翌日、オレは申請書類を書いて役所に出しに行った。仲間らしい男達が窓口に行列していたが、オレも並んで書類を出した。その際、ミユキちゃんの魅力と昨晩の情熱的な情事を自慢したのは言うまでもない。でも、今日は書類を出すだけだ。申し込みが多く審査のために時間は掛かるというから、結果が出るまで待たなくてはならない。しかし、書類はちゃんと書けているはずだ。何しろ、ミユキちゃんのことなら、ほくろの数まで知っているのだ。
オレは家に帰ってパソコンの電源を入れた。掲示板を見ると、突然警察が来たと書いたきり、そのまま音信不通になる連中がけっこういた。なんだかわからないが、悪質な詐欺に引っかかったのだろうとオレは思って深く考えなかった。警察を騙る詐欺師は多いのだ。場合によっては警察そのものが詐欺みたいな場合すらある。しかし、オレは賢いから、そういう詐欺に引っかかるわけがないのだ。
ところが急に話はそれどころではなくなった。オレのところにも警察から目つきの悪い数人がやってきたのだ。明らかに本物だ。だって、警察だって名乗ったから。
オレは慌てた。何しろ、警察の悪質さと言ったら度を超えている。アニメをネットからダウンロードしただけで逮捕しようとするのだ。でも、あれほど出来の悪いアニメを金を出して買う馬鹿はいないだろう? そういう基本的なことも分かっていないのが警察なのだ。
しかし、下らない理由で逮捕されても嫌なので、オレは即刻証拠となるファイルを抹消してから男達の前に出た。
「なんですか、あなたたち」
「他人の奥さんを輪姦したという輪姦罪の主犯の1人として告発されているので、署までご同行頂きたい。これが逮捕状です」
「は?」
オレは混乱した。どうやらアニメのダウンロードで来たわけではないらしい。しかし、輪姦罪? 何のことだ? オレが3次の女を抱くわけがないじゃないか。オレは2次コンなんだ。
オレはそれがあり得ないことを懇切丁寧に説明した。
だが、警察の連中は表情も変えなかった。
「よくご理解頂けないようなので、説明しましょう」警察の1人が言った。
「なんですか、人を馬鹿扱いして。こっちはあんたたちより、よほど世の中のことを分かっているんだぞ」
「いえ。残念ながら、この件は私どもの方が理解が深いようです」
「は?」
「今回、法律が変わりまして、2次元のアニメキャラにも仮想人権を与えて結婚が可能になりました」
「そんなことは知ってるよ」
「そこで、ミユキちゃん物語のミユキというキャラは、アニメ版ミユキちゃん物語の助監督の鹿島という男がすぐ結婚権の買い取りを申し出て、買い取りました」
「え……?」
「ご存じの通り、18歳未満の相手との結婚には保護者の承諾が必要です。そうでない場合でも、意志を持たないアニメキャラの場合、結婚の許諾権は所有者にあります」
「何を言ってるんだ君は。オレだって役所に申請を出してるんぜ……」
「その審査は落ちるでしょう。既に人妻ですから。重婚は認められません。それ以前に権利者の許諾を取っていないのでは、未婚でも通りませんね」
「ええっ!?」
「さて、鹿島助監督は結婚権をすぐに買い取って、えーと、その、なんといいますか。そのアニメキャラでマスをかいた男全員を、他人の人妻に手を出した輪姦行為と見なして告発することにされました。悪い虫はオレが除去すると言ってね」
「馬鹿な! オレが悪い虫? オレはミユキちゃんを愛しているんだぞ! オレの嫁だと思っているぐらい愛しているんだぞ!」
「それは署で聞きましょう。法律的にミユキは鹿島助監督の妻ですから、その仮想人物を自分の嫁と見なす行為はどちらにしても犯罪です」
「ええっ!? 待ってくれ。オレは本当にミユキちゃんを愛しているんだ」
「そう言ってマスをかくオタクはこの際全員抹殺してやる。それがミユキちゃんの清純を守る道だ、と鹿島助監督は言っていましたよ。あの薄汚いオタクどもはミユキちゃん周辺から一掃してやるって。ちなみに法律が変わって抱き枕を抱いたマスターベーションでも仮想人物に対しては姦淫罪が成立します。法律がかわったので」
「じゃ、じゃあ。輪姦罪って、抱き枕相手にマスかいた確認が取れるオタク全員が対象ってことか?」
「そう言いませんでしたか? 言ってなかったかな? まあいいか」
オレは目の前が真っ暗になり、ひっくりかえった。
(遠野秋彦・作 ©2010 TOHNO, Akihiko)