2012年11月26日
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ムダ堀の問題再び・府中の紀要を買ってきたら驚きの新展開

Written By: 川俣 晶連絡先

「府中郷土の森まで行ったついでに、府中市郷土の森紀要2012年第25号を買ったよ」

「なんだよ。買うと言ってからかなり経ったぞ」

「さすがに駅から遠いから、すぐ寄れないんだよ」

「ひ~」

「ともかく、『ムダ堀に関する覚書 深澤靖幸』というのが載っていてね、これは凄い内容だよ。過去のムダ堀の話がひっくり返る」

「なぜひっくり返るの?」

「発掘調査と文献調査がベースになって、ムダ堀の東西への推定経路が示されている」

「まさか。まだあの先があるの?」

「西へは大國魂神社の近くまで伸びている。そこから府中用水はすぐだ」

「東は?」

「2つの案が示されている。東に進む案と北に進む案だ。いずれも根拠がある」

「確かにインパクトがあるね」

「しかし、話はまだ終わらない」

「どう終わらないの?」

「過去の玉川上水失敗説の無理があるのであり得ないという説を一刀両断。別の解釈が出てくる」

「どんな解釈だよ」

「東側は取水に無理が無いロケーションなので、水路として掘られた可能性を否定しないが、江戸に通水は無理。開削時期も玉川上水よりもずっと古いとしている。発掘調査の結果から、実際に水路としては使われていないと推定している」

「玉川上水よりも古い大規模水路工事って、井の頭から上北沢にあったと推定される玉川上水よりも古い水路の同類か?」

「それは分からないが、少なくとも江戸時代以前に大規模水路を掘る技術力は既にあったと思われる」

感想 §

「それにしても、武蔵野台から分倍河原までの区間は、いろいろな機会にかなり歩いているのだが、こんな可能性を秘めた土地だなんて」

「そんなに?」

「けっこう地理が分かるので、読んで驚くよ」

「もっと詳しく」

「詳しくは紀要を買え!」

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