「魔女アーデラの事件簿の売れ行きがよろしくない。対策を考えたい」
「ドリアンもダメダメな数字ですが」
「他の本はどうでもいいのだ。なぜ売れないのだろう思う?」
「販売努力が足りないから……」
「他の本と大差ないぞ」
「うーん、ならばやっぱり見た目の印象が陳腐なんじゃないでしょうかね」
「陳腐とは?」
「魔女つまりファンタジーものは既に陳腐だし、事件簿つまり推理ものは陳腐ってことですよ。合体させても迫ってくるものがない」
「だが、仕掛けられたトリックのポイントはそこにはないぞ」
「ならばポイントが通じないタイトルなんすよ」
「しかし、タイトルでネタバレするわけには行かないだろう」
「タイトル1行で全部ネタバレしちゃうほど底が浅い小説なんすか?」
「もちろん、そうではない」
「なら、ちょろっとネタばらしをしちゃいましょうよ」
「ネタばらし?」
「さわりだけ」
「むむ。最初に仕掛けられているトリックとも言えないトリックは、このナンガニーラの世界はこの世界とは別のファンタジー世界【ではない】ということ」
「というと?」
「ファンタジー風のネットゲーム世界の内部なのだ」
「それに意味があるわけ?」
「あるのだ。世界はファンタジーのルールで動いているように見えながら実は世界の外側の運営者とシステムのルールで動いている。両者は同じではない。そこにトリックが発生するわけだ」
「たとえば?」
「説明無しにいきなりGMが出てくるが、実はGMは管理者の権限を持っていて一般プレイヤーと違うことができてしまう。死んだ人間は外の世界では生き返らないが、ゲーム中では死ぬとは限らない。プレイヤーは外の世界に実体が存在するがNPCは実体が存在しない」
「それで、この小説が扱う具体的な事件ってなに?」
「中華料理屋の娘、メイメイというキャラクターの等身大人形が王宮から盗まれたので、盗んだトリックと犯人を捜査する」
「要するに泥棒捜査?」
「最初はそのはずだったが、助っ人としてギルドから派遣されてきた魔女アーデラが追いかけていた事件は実はもっと別のものだったと明らかになって、2つの事件が絡み合うわけだ。それと同時に読者に対して叙述トリックも突きつけられる。多重化された謎だよ」
「謎が多いのだね」
「更にこれはキャラクター論でもある。キャラクターとはなんぞやという問題をキャラクターの一種であるNPCが真剣に考え始めると何が起きるのか」
「彼らはどう受け止めるわけ?」
「様々なキャラクターグッズの奔流を受け止めねばならないのだが、その際、彼らにはオフィシャル商品と同人誌の区別が付かない。その結果、普通の人間が考えるキャラクター像が歪んでいく」
「どんな風に?」
「おっとそれは魔女アーデラの事件簿をお買い上げになってからのお楽しみだ」