2014年02月22日
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宮本三郎記念美術館・講演会「自由が丘モダニズムとその周辺」

Written By: 川俣 晶連絡先

宮本三郎記念美術館

「埼玉のヤマトークは諦めて行ってきたぞ」

「内容はどうだった?」

「凄く良かったぞ」

「どこが良かったんだ?」

「自由が丘がどのような場所であり、なぜ自由が丘は見えにくい存在感を持つのかだ」

「それにどんな意味があるわけ?」

「下高井戸の見えにくさと同じなんだよ」

「どういう意味だい?」

「世田谷区、目黒区、大田区の接点でどの区からもメインとして扱わない。杉並区と世田谷区の接点にある下高井戸と同じだ」

「分かった」

「狭間には狭間の文化がある。それを、世田谷区の逆の端まで来て了解して帰ってきた。これだけで大収穫」

分かる話 §

「基本的に分からない地域の話だから聞きに行ったのだがね」

「うん」

「分かる話がけっこうあったのが面白い」

「たとえば?」

「竹久夢二と東郷青児の話とか」

「おっと。夢二といえば完全な下高井戸ネタ」

「多摩美の話で1階だけ武蔵美という言葉も出たしな」

「ふーん」

「ついでに、海軍の話も出た。結局、自由が丘は国際感ある反社会的な人達と、それに親和性の高い国際的な海軍住人のコラボで成立したようなものだ」

「では、なんで下高井戸はそういう文化的な待ちになってないわけ?」

「そこだっ!」

「どこどこ」

「問題はそこだ。自由が丘が自由と芸術と海軍の街になったのに、なんで似たような位置づけの下高井戸はならなかったのか」

「なんで?」

「やはり、下高井戸に影響を与えたのは駒場の陸軍だったからだろう」

「国際的では無い堅物だね」

「そして、問題は水の差だ」

「どういう意味だい?」

「どちらも水路網が充実した水の街という位置づけは同じだ。ところが、水の質が違う」

「どう違うんだい?」

「あっちはただの川。ところが、下高井戸のは上水。水の管理の締め付けが違う」

「分かった。下高井戸側は自由には振る舞えないわけだね」

「そういう土地柄だ」

「文化的にはどうだい?」

「下高井戸に夢二がいて、芦花公園に富徳芦花がいる。しかし、そのレベルで終わってしまう。アーティスト大集合は下高井戸と近辺では起こっていない。はやり野暮ったすぎて、堅苦しすぎたのだろう」

「下高井戸は負け組で自由が丘は勝ち組みたいな言い方だな」

「文化的にはそんなもんだろ」

講演者 §

「講演者は西村康樹さん。地元古書店店主で、古書店店主の立場を使って様々なジャンルの郷土の興味を追求する男だ。かっこいい」

「そうか」

「テレビなどでバックに洋書が並んでいるような部分ではその洋書の手配の仕事もしているそうだぞ」

「もしかして、品川のMSの社食の洋書もそうなのか?」

「それはやってないそうだ。しかし、けっこう大物だ」

「でも、興味は広いわけだね?」

「明確に自由が丘から多摩美のラインと地域性は限定しているものの、多趣味であるようだ。そこはけっこうシンパシーを感じるね」

「確かに君も地域性は限定されているが、興味対象は多いね」