「ローレライのオーディオコメンタリーに宇宙戦艦ヤマトの存在感はあるか?」
「ローレライって、樋口監督の作品だよね。ヤマト2199もやってる」
「そうだ」
「それで存在感はあるの?」
「あったぞ」
- ドックに入ったイー507に、宇宙戦艦ヤマト、特にさらばと言及
- 最後に、みんな死んじゃう宇宙戦艦ヤマト方式としてまた言及
「そうか。やはり避けて通れない訳か」
「しかし、それだけではない」
「まだ何かあるの?」
「あのね。実はこれって、SBヤマトの祖型として見ることもできるの」
- 素晴らしい音楽は佐藤直紀
- 最前線から距離を取っていた主人公が要職に抜擢されて乗り込む
- 誰も殺さないと宣言するくせに、クライマックスでは地獄巡りにみんなを連れて行く主人公
- 最後に救命艇が離れていく
- 巨大ラスボスに向けて大砲発射
- 結末から未来時制の短い映像が入って終わる
- ヒロインのムードが似ている
- 柳葉敏郎が出ている
- 伊武雅刀が出ている
- 切り札のスーパーメカがある (ローレライシステム、波動砲)
- スーパーメカはいきなり緒戦で使う
「それって何だよ」
「だからさ。SBヤマトはローレライやギャラクティカの上に成立していたってことだ。それが歴史的な映画成立の流れなんだろう」
「つまり何だよ」
「映画はね。流れで見ないとダメだと最近思っている。そうしないと、映画と映画の中間にある物語を読み解くことができない」
「なんでそう思うんだい?」
「たまたま見ていなかった古い映画を見ていると、それまで見えなかったつながりが見えてくることもあるし、戦隊やライダーの映画は皆勤賞で見えてくるものもあると気付いた。継続は力だよ」
「ところで、ローレライのオーディオコメンタリーにガンダムの存在感はあったのかい?」
「……あったよ。福井晴敏さんはガンダム系の人だからな。しかも、映画に富野さんまで出ていたよ」
オマケ §
「でも罪と罰を上手く使っているのは荻生朔太郎詩集を上手く使っているのと似ているわけで、そこは2199の祖型的でもある」
「ひ~」
「しかし2199との関係はおそらく想定可能」
「樋口監督だから?」
「いや。水密服デザインは出渕さん」
「ひ~」
オマケ2 §
「たまたま見ていなかった古い映画を見ていると、それまで見えなかったつながりが見えてくることもあるし、戦隊やライダーの映画は皆勤賞で見えてくるものもあると気付いた。継続は力だよ」
「たまたま見ていなかった古い映画って?」
「たとえばイー57降伏せずだよ。あれのオーディオコメンタリーに樋口監督が出てくるからローレライを見たんだ」
「結果は?」
「とても凄いもの(ローレライ)を見たんだ」
「大人は誰も笑いながらテレビの見過ぎというよ」
「テレビじゃなくて映画だよ」
オマケ冥界譚 §
「ジブリ配給の「しわ」、凄く面白かったぞ」
「ボケ老人の映画がなんで?」
「事実を描いて真実を描かないことで観客にミスリードさせるサプライズがあるからだ」
「えー」
「そこで、以下のようにTwitterで呟いてみた」
1つ分かったのは、映画には精神疾患ものというジャンルがあって、主人公の精神の健全性が担保されないという特徴があるようだ。昔見たシャッター アイランドもそう。ファイトクラブもそう。「しわ」もそう。
「しかし、ぜんぜん今回の話題とは関係ない」
「いやいや。「しわ」の後で見たローレライのオーディオコメンタリーでファイトクラブに言及されていて偶然にビックリしたよ」
「ひぇ~」
「しかし、ジャンルとして面白いし、小説として同じようなことができないかと思って考えて見たよ」
「事実を描いて真実を描かない方式だね?」
「主人公が見た事実が、客観的な事実かどうか分からない世界とも言える」
「それで? できそうなのかい?」
「いや。よく考えたら既に書いていた。冥界譚がそれなんだ」
「ひ~。考えるよりも先に手が動いてる男が来たよ」