「今、レンタルしたゴーバリアンの1と2を郵便ポストに返却してきたのだが、ゴーバリアンは凄いことが良く分かった」
「ゴーバリアンの評価って世間では著しく低いじゃないか」
「良いアニメをオタク、マニアが評価できないケースは非常に多い。よくあるパターンだ」
「では、ゴーバリアンは100点満点?」
「そうは言っていない。ゴーバリアンは志の高さがいろいろな意味で滑った作品だと思う。作品からにじみ出る理想の高さと、実際に画面に実現した絵の落差がある。何を実現したかったのか、末端のスタッフまで浸透できなかったのだろう……とも言えるし、浸透云々以前に通じていなかった可能性がある。何しろ理想が【高すぎる】のだ」
「誰にとって高すぎるの?」
「末端のスタッフにも見ているマニアにもな。主人公メカがマジンガー顔ではあるのだが、実際にはマジンガーZとは全く別次元の作品作りを指向したアニメであった」
雑感 §
「ゴーバリアンを今の目でもう1回見る必要は以前から感じていたのだが、カーレンジャーを全話借りて見るという宿願が果たせたので次はゴーバリアンと相成った」
「見る前の気持ちは?」
「1983年の本放送リアルタイムでは高い評価をしていたものだが、もしも、今の目で見て底が浅かったら嫌だなあと思っていた。だから、見てしまうことで夢が壊れることは覚悟したよ」
「実際に見たらどうだった?」
「逆だった。1983年の本放送リアルタイムでは見えていなかった多くのことが見えるようになり、当時の評価ですら手ぬるいと分かった。この作品はもっと凄い。ただ単にそれを上手く表現することに失敗しているだけなのだ。そして、当時得た漠然とした印象を今なら的確な言葉にできることも多いと分かった。見て良かったよ」
「つまり、一言でまとめるとどうなるの?」
「もっとゴーバリアンを好きになったよ」
「それでどうしたいの?」
「実は、ゴーバリアンを紐解くことで、非常に大きな【アニメの流れ】を読み取れる可能性が出てきた。つまり、ゴーバリアンはある時代のありようを体現した非常に価値のある作品なのだよ」
「まさか」
「これから少し、ゴーバリアンの1983年前後を調べようと思う。上手く行けば面白い本が書けるかもしれないぞ」