「自転車漕いで杉並の中央図書館まで行って、東京公園史話を見てきたぞ」
「それで?」
「実はいろいろ分かった」
- 1924年のアムステルダム宣言に漏られた緑地帯接地を元に構想が開始された
- 本来の構想は東京を囲む緑地帯であるが、実際に成立したのは砧公園、神代植物公園、小金井公園、舎人公園、水元公園、篠崎公園である
- 日本は戦争に向けてひた走っている時期であり、この構想は皇紀2600記念行事の1つになる。それと同時に、【帝都防空】という軍事目的が追加される
- 当初7緑地とされていたが、大泉緑地は高松飛行場用地になったために、実現したのは6緑地
- 予算の関係もあるので、東京を囲む緑地帯が6緑地に後退し、軍事目的も加味されたことは、計画の現実的な成功に寄与したであろう
「つまり君が感じたことはなんだい?」
「うむ。個人的にはこう思った」
- 環八沿いの似たような公園に見えた芦花公園と砧公園は成立の経緯がまるで違う
- 平和的な植物を見るための公園に過ぎないと思っていた神代植物公園も、建設時点では既に軍事的な要素が加味されている
- 見慣れた砧公園にも、軍事的なニーズが加味されていた
「ふーん、いろいろあるのだね」
「しかし、幼児の頃に何回も行った神代植物公園の話がもっとも衝撃的だ。いちばん、そういう世界に遠い場所だと思っていたのでね」
「へー」
「しかし、こういう公園/緑地がスムーズに建設できたのは、やはり戦争直前に軍事施設としての要素を持っていたからだろう」
「戦争を上手く利用したってことだね」
「もっとも戦争で酷い目に遭ったから、全体として良かったのかどうか分からないがね」
「何か問題でも?」
「本に書いてあった。大戦末期、戦争に関係ない公園の銅像等は資源として供出させられ、戦後は戦争に関係する銅像等はGHQの命令で壊すことにさせられた。踏んだり蹴ったり。動物園の動物も毒殺。終戦前後のドサクサで勝手に入り込んで権利を主張する奴が出るとか。朝鮮人が西郷像を壊せと言ってきたとか」
「なんで西郷さん?」
「征韓論を唱えたかららしいぞ」
「第2次大戦と関係ねえ!」
「加害者はすぐ忘れるが被害者はいつまでも忘れないものさ」
「で、西郷像はどうだったの?」
「上野公園に行って残っているか見てこい。それで結末が分かる」
結論 §
「で、君の結論は?」
「戦争はやったらダメ。問題がありすぎる」
「じゃあ、第2次大戦は参戦しちゃダメだったの?」
「戦争をやりたがる政権を除去できたのだから、戦前の政治体制が維持されるよりはマシかもしれない」
「でもさ。今もまた戦争をやりたい政治家がせっせと何か法案を通しているよ」
「もう知らん。そうまでして日本をまた壊滅させたい連中の考えることなどワカラン」
「勝てばいいんじゃないの?」
「キミキミ。戦争の勝ち負けはやってみないと分からないよ。それに勝ったとしても個別の公園が荒廃している可能性は否定できない。勝っても負けても問題山積となるのが戦争というものだ」