「電子メールが事実上死んでいる」
「なんで?」
「うちに来るメールの大半はspam。残りはDMやSNSからの通知、メーリングリストの配信など。本当に意味のある私信は1日に1通以上あれば良い方だ」
「ほとんど誰も電子メールを使わないってことだね」
「事実かどうか知らないが、若者はもう使ってない人が多いとも言われる。連絡を電子メールで送っても読んでいないからずっと読まれないらしい」
「既に死んだ通信手段なのだね」
「ならば誰が電子メールを殺したのか」
「誰が戦犯だ?」
「おそらく戦犯は主に2つに分けられる」
「というと?」
「まず、インターネットは技術的に非常に古い。しかも学術研究用のネットワーク。何か悪いことをすればどこの誰かすぐバレる世界で、悪意ある利用をあまり想定していない。インターネットが普及し始めた1990年代後期の時点で既に時代遅れの遺物だった。そんなものを持てはやして普及させた連中は、まず第1の戦犯だろう」
「なぜそんなあからさまに間抜けな行為がまかり通ったの?」
「単純に【たった1つに接続されたネットワーク】は、【閉鎖的なネットワーク】よりもパワフルだったというだけのこと。比較すべきライバルがない以上、インターネットがもとも古すぎる欠陥品だと気づかない人も多かったのだと思うよ」
「それって世界は間抜けばかりってこと?」
「知識が足りないだけと言いたまえ」
「それじゃ、欠陥は後からでも除去できるじゃないか。古い技術でも、欠陥を除去できない理由にはならないだろう?」
「その通りだ。spamを減らすための技術はあるがね。そのあたりの混迷の話は本筋から外れるので横に置こう」
「あることはあるけど、混迷していてあまり有効に機能していないわけだね」
「しかし、spamフィルタが有効に機能していれば、かなりの割合で除去できる。問題はその先」
「第2の戦犯だね」
「そうだ」
「その戦犯とは誰?」
「1990年代の終わり頃だと思う。電子メールをマーティングツールとして発見してしまった人たちがいる」
「普通の郵便でDMが送れるなら、電子メールでも送れるはずだってことだね」
「そうだ。しかも、極めてローコスト。下手な鉄砲も数を撃って採算を取れる」
「興味無い人に間違って大量に誤配されても、ごく一部の客が得られれば採算が取れるわけだね」
「そうだ。しかし、彼らには致命的に想像力が欠けていた」
「想像力とは?」
「あらゆる企業や組織がDMを送りつけるようになると、メールボックスはDMで溢れ、誰もそれを読めなくなる」
「【下手な鉄砲】方式は、そこで破綻するわけだね」
「そうだ。実は興味無い大量のDMをかき分けて、興味のあるDMだけを見ることすら難しくなる。見落としも多くなるだろうし、まとめてゴミとして捨てられる可能性もある」
「10行ぐらいなら見ても良い広告でも、数十通で数千行もあると見てられないわけだね」
「そうだ。それもある。ともかく、量が多すぎて対応仕切れない。送る方は毎日1通かもしれないが、受け取る方は毎日数十通だ。この意識の差は大きい」
「なるほど」
「それにも関わらず、そんな未来を想像する想像力さえ欠いた馬鹿共が、【新しいマーケティングツールの未来を殺すな】の大合唱で電子メールを使ってDMを送ることを認めさせていったのが1990年代の終わり頃じゃなかったかな」
「結局、電子メールは死んでいるわけだね」
「本当に限定的な役目でしか使用されない」
「じゃあ、君は反対しなかったの?」
「第1の戦犯に対しては、懸念を持ったレベルで反対までは行かなかったな」
「じゃあ、第2の戦犯に対しては?」
「反対意見は言ったと思うが、それだけだ」
「反対運動を行って馬鹿な試みを潰そうとは思わなかったの?」
「そんな運動には誰も金を出さない。それに対して、安価なマーケティングツールを確保するためなら金は出てくる」
「自滅行為であっても?」
「そうだ。夢想であろうとも見込みがあれば金は出る。世の中はそんなものだ」
「人類って愚かなの?」
「おや。まだ気づいていなかったのかい?」