2017年11月26日
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戦時下のパン給食

Written By: 川俣 晶連絡先

「学校で行われた【B29捕虜棒叩き】について杉並区の教育史を調べたが、何の話も出てこなかった。しかし別の面白い話が出てきた」

「それはなんだい?」

「戦時下に行われた学校給食の話だ。当初、米の飯を前提にした完全給食が提供されていたが、食糧難から粗末なパンだけが出されるような状況になっていったらしい」

「……ということは、パン給食の始まりは戦後の進駐軍の押しつけではない?」

「食糧難からご飯からパンに切り換えたのは終戦前だから、進駐軍はまだ来ていない。どう考えても、他国からの押しつけではない」

「それってなんだい?」

「パン食文化は開戦時には既に日本に存在していた。どこまで幅広かったのかは分からないがね。そして、積極的ではないが給食にパンが出るような事態もあった。日本自身の手によってね」

「【美しき日本の伝統を破壊した進駐軍】というインチキ史観がまたぐらぐらと揺らぐわけだね」

「まあ、そもそも戦後のパン史を調べていると、【戦前からのパン業者と、戦後できた新興パン業者の対立】みたいな話が出てくるわけだから、【戦前のパン文化】は間違いなくある。戦時体制で一時期後退しただけだ」

「日露戦争や第1次世界大戦でのロシア人捕虜やドイツ人捕虜を経由して、パン文化は既に入ってきているわけだね」

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