2019年05月13日
川俣晶の縁側歴史と文化下高井戸周辺史雑記 total 1230 count

京王電気軌道の墓地用の土地買収とは何か

Written By: 川俣 晶連絡先

「【電鉄は聖地をめざす 都市と鉄道の日本近代史 (講談社選書メチエ)】を読んでいて、はっと目から鱗が落ちた」

「なんだい?」

「1912年(大正元年)に、京王は富徳芦花から見える西の方の場所で二十万坪の墓地を作ろうとしていたらしい(みみずのたはごとの記述)」

https://www.aozora.gr.jp/cards/000279/files/1704_6917.htmlより(面倒なのでルビはそのまま続けて入っている)

  •  余の書窓しょそうから西に眺ながむる甲斐かいの山脈さんみゃくを破はして緑色濃こき近村きんそんの松の梢こずえに、何時の程からか紅白染分そめわけの旗が翻ひるがえった。機動演習きどうえんしゅうの目標もくひょうかと思うたら、其れは京王電鉄けいおうでんてつが沿線繁栄策の一として、ゆく/\東京市の寺院墓地を移す為めに買収ばいしゅうしはじめた敷地しきち二十万坪を劃しきる目標の一つであった。

「具体的にどこだろう?」

「あまりはっきりしないがヒントはいくつか書いている。しかし、それで場所が明確になるわけでもない」

「このあたりのまとまった土地は?」

「ウテナ本社の場所かと思ったが狭すぎる」

「もっとごっそり買う気だったわけだね」

「もっと遠くかも知れないぞ。当時は高い建物がないからね。かなり遠くまで見えたとしても不思議ではない」

「それじゃますます分からないね」

「しかし、別のヒントはあった」

「それはなんだい?」

「多磨霊園が1923年(大正12年)に完成している。ここの広さは1280237平方メートル 坪数に換算すると387271.7坪になる」

「20万坪と39万坪では倍ぐらいの差があるよ」

「倍しかないとも言える。桁数は同じだ」

「つまりなんだい?」

「そもそもこれは東京市の寺院墓地だと言っているので、東京市の多磨霊園とはストレートに接続する」

「しかし同じではなさそうだね」

「そうだ。京王に都合の良い計画を立てて提案する気だったのではないか、という気もする。しかし東京都としては京王だけ儲けさせるわけにはいかない行かないから場所は京王電気軌道・多摩鉄道・中央線のいずれからもアクセス可能な位置になり、複数の路線からの利用者を満たすために規模も拡大される。都市化の進行が著しいから芦花公園から見える位置から大幅に西に後退して府中方面まで移動させられたという可能性もある。しかし、東京から見て西の大規模霊園という位置づけは同じだ」

「【電鉄は聖地をめざす】には遺体を運ぶ葬式電車の可能性が示唆されているね」

「遺体を運ぶ列車は実際には無かったと思われる。計画の有無に関してはまだ調査中」

「感想は?」

「たかが京王と思ってなめてはいけないと思い知る状況」

下高井戸周辺史雑記