2003年06月14日
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武士の家計簿 磯田道史 新潮新書

Written By: 川俣 晶連絡先

 驚くほど面白い本です。もちろん、面白そうだから無理に買った本ですが、予想された面白さの5倍ぐらい面白い本です。

 内容は、幕末から明治に掛けての金沢のとある武士の家の家計簿を調べて分析した結果を書いたものです。具体的なお金の動きによって、武士の生活の実態が見えてくるのも、とても面白い話ですが。

 それだけで収まる内容ではありませんでした。

 まず、武士はなぜ借金びたりになったのか。その理由が明らかになります。武士は儀礼的にどうしても出ていく固定的な出費があり、それに対して収入が十分であったとは言えなかった、ということだそうです。更に、仕事として江戸に行かされても、それに見合った収入増は行われておらず、むしろ借金地獄に堕ちていくことになります。そこで、徹底的に借金から脱却するための様々な算段が行われた経緯も書かれています。武士は威張りくさった支配階級、という感じではありません。

 また、この本で取り上げられた家計簿の家も、算盤の技術で奉仕する下級武士であり、仕事をもらうために苦労した話なども興味深いですね。算盤を使うという一種の技術職は、世襲で仕事があるわけではありません。技術を磨いて試験を受けて、仕事をもらわねばなりません。

 そして、明治維新が起こって、この家の主は海軍の仕事をするようになり、出世します。しかし、そこまで行く過程にも、面白い話がいろいろあります。動乱の京都に行って兵站事務を任され、飢える寸前の加賀藩の兵士にメシを食わせる仕事をさせられたりします。旧軍では軽視されていたとはいえ、兵站は軍隊を動かす上で非常に重要な役割です。それを、立派にこなしたということは、一種のヒーローとも言えます。

 このヒーロー性は別の逸話でも語られています。軍艦「浅間」を緊急に補修する工事を仕切ったというのです。うまい工夫でドックのかわりになるものを用意して修理をしたと言います。

 まさに、語られることが少ない明治期の現場レベルの偉人の物語を、これを通じて読むことができた感じがあります。

 それから、もう1つ。明治に入ってスムーズに武士階級が廃止された理由についても言及されています。武士は、様々な特権を持つと同時に、様々な制約にも縛られていた、と言います。たとえば、固定的な多額の出費を必要とする様々なこともあれば、商人のような商売をやってはならない制約もあります。このような制約が外されることにより、実は武士の立場が必ずしも悪くなるわけではない、ということがあったようです。もちろん、武士から他の商売に上手く鞍替えできるかどうかは別の問題ですが。失敗した人達もいれば、上手くやった人達もいるようです。

 というわけで。ほんの一部だけ紹介という感じですが。新書1冊とは思えないほど多くの中身を含んだ面白い本だと思いました。これはお勧めです。

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