2004年05月09日
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文脈病―ラカン・ベイトソン・マトゥラーナ 斎藤環 青土社 (感想その3「女性化という自己治療とその失敗」)

Written By: 川俣 晶連絡先

 この本の第1部はスイスイ読めました。必要な基礎素養を持たない素人であり、ここに当然のように書かれた多くの用語を知らないにもかかわらず、「面白い!」と思いながら読むことができました。

 しかし、第2部に入ってから急に歯ごたえが硬くなり、素人が安易に面白がって入ってくることを拒絶しているようにも思えます。

 しかし、それでも(あるいはそれゆえに)ハッとさせられる文章に出会います。

 たとえば、以下のところは、読んでびっくり。

p213

 われわれの結論を先に示そう。分裂病におけるセクシュアリティの病理的な表現は、男女を問わず「女性になること」として現れる。(一部の憑依妄想などで女性患者が男性の声を出してみせるという「例外」はあるが、これはいちがいにセクシュアリティの病理的表現とは言えない)。

p214

 分裂病者が「女性になる」とき、そこに失敗した自己治療の痕跡をみてとることは出来ないだろうか。「回想録」においても、「女性化」は「脱男性化」に対抗するために意識的になされたと述べるくだりがある。「脱男性化」はすなわち、象徴界の解体的変容を意味するだろう。このときシュレーバーは、そうとは知らずに女性化のイメージを自己治療の手段として用いていたのではないだろうか。

p215

それではこうした自己治療の試みが、きまって失敗に終わるのはなぜだろうか。その答えはもちろん「女性は存在しない」ためである。

 はたして正しい比較になるかは極めて怪しいところですが、「女性化」による「自己治療」を試みて「失敗」に終わるというパターンは、あまりに私の過去の経験に類似します。

 このようなパターンは、私個人の文脈に依存する特殊なものかと思っていましたが、もしかしたら、一般性があるのかもしれません。

過去の経験したこととは §

 私が過去の経験したことを、もうちょっと具体的に書くと。

 ティーンエイジャーの頃、精神的にきつい状態に陥ったときに、楽しげに生きている女の子達を見て、もし自分が女の子であれば、こんなにきついことは無かったのだろう、と無邪気に思ったことがあります。そのような考えがある種の救いを示しているかのように思えたためか、そのあと、意識的にそういうことを考えるようになりました。自分が女性であるとしたら、いったいどんな風に素晴らしい人生を送ることができるのか。それを考えたいと思いましたが、女性のリアルな生き方など子供に分かるはずもないので、その考えを突き詰めることはできませんでした。

 しかし、大人になってくると、いろいろな知恵も付いてきて、自分が女ではないとしても、リアルな女性の感じ方なども(それが本当にリアルであるかはともかくとして)分かってきます。その結果として、自分が女性であったとしたら、どんな人生を生きることができたかを、かなりの精度でイメージすることが可能になってきました。

 その結果は言うまでもないでしょう。女性としての人生を送ったとしても、今の人生よりも楽ちん、などということはあり得ません。

 そのようなわけで、精神的にきつい状態を自己治療するために、女性であるというイメージを使う試みは失敗しました。むしろ、失敗するのは当然のことだとすら言えます。分かってしまえば、あまりにも当たり前のことで、どうしてそんな風に錯覚したのかが問題とすら言えます。

 そして、失敗するのは当然という感覚は、まさに上記の引用文の言葉と相通じるものがあるように感じられました。そこから逆に辿ると、なぜ最初に精神的なつらさを癒すために女性化というイメージが出てきたのか、という問いの答えがあるのかもしれません。まだ今のところ、それを正しく本から読み取る能力がありませんが。そういう可能性が感じられたということだけでも、予測もできないほど刺激的です。

そんな経験は、ここで活かされた §

 女性化による自己治療の試みとその失敗、というパターンで考えたとき、ハタと思いあたるものがあります。

 たとえば、遠野秋彦名義で書いた小説リバーシブルは、まさに女性化による自己治療の試みとその失敗というパターンを描いていると見ることができます。ヒロインは、おちんちんとしか見えないものが付いて生まれてきたために、誰もが男だと思って育てられていた特殊な立場の人物です。しかし、初潮を迎えたためにある日突然、女であったことが分かります。精神的には男として育ってきた彼は、ここで女性化という経験を得ます。それは、精神的に閉塞した状況を打開するためのツールたり得るかもしれない、という期待を持たせるものでした。しかし、女性性の活用という戦略は、彼女を救いはしません。彼女の女性性に強く心惹かれ、応援する応援団のような人達が集まりますが、それは彼女にとっては(経済的な救いにはなっても)心の救いになりません。そして、最終的に彼女を救うことができたのは、彼女の女性性ではなく、北欧の航空機を愛好する心情に価値を見いだす者であった、という結末になります (女性として得られるいかなる過激な性的快楽よりも、誰も知らないようなマイナーな機種のプラスチックモデル1個の方がはるかに救いになったという逆説!)。つまり、女性化による救いは失敗であった、という結末になります。

 もう1つ、イーネマス!も、同じような解釈を下すことができます。この作品の二人の主人公、浅岳雅晴と沢渡勇太は、それぞれ、異世界に転生する際に望みの身体をもらえることになります。そこで、浅岳はただ若いだけの自分自身の身体を望み、勇太は絶世の美女の身体を望みます。その結果として、この2人に対応する2つのエピローグは全く対称的な結末を迎えます。浅岳は人として最愛の妻を得、一国の王に成り上がります。陳腐でありすぎるぐらいハッピーエンドです。それに対して、限界を超えた美しさを持つ女性の身体を持つ勇太は神の一員となることが認められ、事実上無限に等しい長さの命すら与えられますが、そのことが彼に嬉しく楽しい人生をもたらしてなどいません。エピローグに達するまでのドラマを見ても、両者の人生の対比は鮮明です。

 もちろん、それらの小説を書いているときに、「女性化による救いが失敗に終わることは必然である」などというテーマを掲げていたわけではありません。そうではなく、書かれたものが、必然的にあるべき内容を語っていたことが、後から分かって驚かされる、というべきでしょうか。

 そのように考えると、これらの作品には思った以上に一般性があり、多くの読者の共感を得られる可能性を孕んでいる、と言えるのかもしれません。

 まあともかく、みなさん、ぜひともリバーシブルや、イーネマス!も、ぜひ読んでみて下さい。という言葉でこの感想は締めくくろうと思います。まるで読んだ本の感想にはなっていませんが、まあそういうことがあっても良いでしょう。

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