P2Pファイル交換ソフトのWinnyの開発者が逮捕されたそうです。
Winny開発者逮捕で波紋、P2Pの将来に懸念も
そのことについて、あれこれ書いている意見や感想をサイトも多いと思いますが、天の邪鬼ですから、この事件そのものについてあれこれ書く気はありません。
ただ、周囲のリアクションに違和感のようなものを感じているので、ちょっとそれを書いてみたいと思います。
「京都府警の行動への憤り」について §
実際に違法ファイルの交換もしていないプログラムの作者を逮捕するのはおかしい、という意見をあちこちで見ます。
実際に、法的に彼を逮捕しうるものなのか、私には良く分かりません。そのことについては、ここで意見を述べるつもりはありません。
ただ、上記記事の以下のような記述を見ると、京都府警の行動に憤ることが一概に正しいとも思えません。
おそらく問題となるのはWinny開発者の“真の意図”=故意か否か、犯罪を予見していたかどうか、の立証だ。
報道では、Winny開発者は取り調べに対し、「結果的に自分の行為が法律にぶつかってしまうので逮捕されても仕方ない」と供述しているという。また「現行のデジタルコンテンツのビジネスモデルに疑問を感じていた。体制を崩壊させるには、著作権侵害を蔓延させるしかない」などとも供述したという。
この報道が正しいとすれば、開発者は「著作権侵害を蔓延させる」という違法行為を蔓延させるという意図を持っていたことになります。その意図を達成するために、多くの人達が使いたくなるようなソフトウェアを開発したとすると、「ソフトウェアを開発した」という部分ではなく、その「意図」の部分で罪が問われることはあり得ることだと思います。そして、開発者自身が、逮捕されても仕方がない、とまで考えていたとすれば、逮捕という状況にいたった経緯は至極当然と言えます。その点で、京都府警と開発者は、どちらも事前に予見可能で納得している行動を取っているように見えます。
しかし、京都府警に憤り、開発者も納得している状況を納得していない人達多いように見えます。
そのことから、実は開発者の考えていることや心情と、京都府警の行動へ憤っている人達の考えや心情は一致していないのではないか、という可能性も考えられます。では、彼らはいったい彼らの中の何を侵害され、憤っているのか。それを考えてみる価値があるかも知れません。
ちなみに、開発者を肯定しないものの、警察への不信から憤っている人がいるのは確認しました。しかし、全員がそのような考えの持ち主とも思えません。
「ftpだってWindowsのファイル共有だって幇助だ!」について §
上記の記事にも見られますが、P2P技術であるとか、ファイル共有の技術が公権力によって否定された、というようなリアクションが見られます。
しかし、ここで問題にされているのはP2Pでもないし、ファイル共有でもありません。
京都府警にせよ、開発者にせよ、問題にしている主要なテーマは、法律で守られた著作権という価値を維持するか壊してしまうのか、という部分にあるように見えます。
Winnyに問題があるとすれば、それはP2Pと言うことでも、ファイル共有ということでもなく、著作権侵害行為を円滑に行うために自立分散型のシステムをデザインし、匿名化と暗号化を行ったという点にあるように思われます。
そういうことから考えると、ここで京都府警の逮捕を認めると、インターネット上のあらゆるファイル共有も規制される、というような意見は飛躍が大きいように思われます。
しかし、それにも関わらずそのような意見が出てくるのはなぜでしょうか?
それには、どのようなバックグラウンドがあるのか、考えてみる価値があるかも知れません。
「自己責任」について §
テレビのニュースで、この事件が報道されたとき、東大の彼の上司にあたる人物のコメントが出てきて驚きました。
そして、最近イラクの人質事件で話題になった「自己責任」という言葉を連想しました。
もし、自分で責任が取れる範囲内であれば何をしても自由である、という主張を是とするなら。彼が、「著作権侵害を蔓延させる」という行動を取る自由があったと言えるでしょうか。
少なくとも、彼は「東大の」という肩書きを付けて報道されており、彼自身だけでなく、所属組織の名前に傷を付けています。また、東大が日本の最高学府であり特権的なブランドであるとすれば、東大ブランドへの傷は日本の傷であるとも言えます。そのように考えたとき、はたして彼の行動は自分で責任が取れる範囲内であったと言えるかどうか。それを考えてみる価値はあると思います。
そこで、もう1つ連想するのは、ヤクザ映画です。最後に主人公が義憤に耐えかねて悪者を叩きのめすのですが、その前に自分の組織を抜けたり、それが終わったあと自ら警官に手を差し出して逮捕されたりします。けして、悪いことをしているわけではないのですが、たとえ正しいことを行うとしても、本来許されない方法を選択する以上は、それに対する責任の取り方があると言うことですね。それが正しいことなのか、そうでないのかはともかく。(行動の正しさに突っ込み始めると、たぶんいろいろあります)
事前に組織を抜けるのは、あくまで個人で責任を取れる範囲に状況を収めるため。そして、自ら逮捕されるのが個人によって責任を果たし意思表示ですね。
そういうことから考えると、本当に犯罪行為であると分かっていながら正しいと信じる行為を成す、という態度であるなら、所属組織に迷惑が掛からないようにソフトウェアの配布前に辞めておくとか、必要な意図を達成したら自首して裁かれる、といった態度を取ることも可能だったと思います。しかし、彼はそういう行動は取らず、結果として周囲に迷惑を掛けているように思われます。
結論は無し §
というわけで雑感を書きましたが、結論はありません。
この逮捕によって、ネットワークのトラフィックも激減しているらしいので、しばらくは快適にネットワークを使えそうで有り難いところです。
でも、きっとまた同じような行為が、(今回のように逮捕に結びつかないように配慮されながら)、また始まってしまうのでしょうね。