どうやら、トーキョーにはアキハバラという街があって、そこではおよそ常識では考えられない奇譚(きたん)が日常的に起きているらしい。
そんな噂話を聞き込んだ私が、それを放っておくはずがなかった。
私が編集長を務める素晴らしき通俗ゴシップ雑誌、「噂の真実すべて教えます、嘘など1行もありません」誌の紙面には、そういう話題が必要なのだ。
ちなみに、我が雑誌に嘘はないというのは、まったくの嘘である。つまり、表紙に書いてある雑誌のタイトルも嘘というわけで、雑誌に嘘があっても何ら問題はない。読者もそれは分かっている。むしろ、嘘を求めているとすら感じるときがある。
だが、やはり事実は小説より奇なり。
読者が凄い嘘だと感心するような話を空想だけでひねり出すのは難しい。むしろ、誰もが嘘だと思うような本当の話の方が、読者には受けがよいのである。
というわけで、さっそく部下の編集者、ボケ田ボケ太をアキハバラなる土地に派遣することに決めた。
「ただちに、アキハバラという土地に出張し、嘘のような本当の奇譚を収集してくるのだ!」
するボケ太は答えた。「忌憚(きたん)のない質問を述べてもよろしいですか?」
「なんだね、忌憚無く言ってみたまえ」
「奇譚ってなんですか?」
「普通はあり得ない不思議な話だ!」
「それはおかしいですね?」となぜかボケ太は首をひねり始めた。
「いったい、どこがおかしいというんだ?」
「だって、不思議な話を集めるのは、僕らのいつもの仕事ですよ。なぜ、今更命令されねばならないのか……」
「だから、アキハバラでそれをやってこい、と言ってるんだ」と私はボケ太の尻を蹴飛ばした。
ボケ太は、なぜか嬉しそうな悲鳴を上げて飛び出していった。
アキラ幅奇譚 §
「編集長! 素晴らしい奇譚を発見しました!」とボケ太が編集部に息を切らせながら飛び込んできた。
「ほう、さっそくか。どんな奇譚だ?」
「題して、アキラ幅奇譚。アキハバラで良く見かけるアキラ君という少年がですね。とても幅広なんです」
「太っているという意味か? 話によると、アキハバラに来る少年は大多数が太っているという話だぞ」
「もちろん、アキラ君が太っているだけなら、奇譚にはなりません。実は、もっと不思議なことがあるんですよ」
「ほう。どんな不思議だ?」
「このアキラ君、幅は大きいのに、奥行きが全くないのですよ。普通、太った人というのは、幅も奥行きも増えるものでしょう?」
「うむ、それはそうだな」私は、どうやら本当にボケ太が奇譚を見つけたらしいと理解した。アキハバラに派遣した直後に、即座に大手柄とは大した男だ。
「しかも、このアキラ君。アキハバラの町中の目立つ場所に立ったまま、ピクリとも動きません」
「パフォーマンスの一種かな?」
「そして、お店が閉店の時間になると店員さんが店内にしまい込むのです」
「しまい込む?」私はいやな予感がした。
「はい! ちょっと大きいので分解する必要がありますが」
「分解だと?」私の中の悪い予感が拡大した。
「それに、アキラ君がアキハバラにいられるのは、あと数日の運命だそうです。新作のアニメの宣伝が始まるので、アキラ君の出番は終わり。次は、セーラー服戦士ブルーセイラーズだそうです」
「って、それは宣伝用の等身大ポップってやつだろう」私の蹴りが、ボケ太に決まって、ボケ太の身体が軽やかに宙を舞った。
「もう一度取材に行ってこい」と私は出口をまっすぐ指さした。
「けっこう面白いと思うのに、編集長の注文は厳しいなぁ」と宙を舞ながら他人事のようにボケ太がつぶやいた。
アキハバラ奇譚ズ 第2話 『暴き腹奇譚』に続く
(遠野秋彦・作 ©2004 TOHNO, Akihiko)
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