アキハバラ奇譚ズ 第1話 『アキラ幅奇譚』より続く
「編集長! 素晴らしい奇譚を発見しました!」とボケ太が編集部に息を切らせながら飛び込んできた。
「今度は大丈夫だろうな。で、どんな奇譚だ?」と私は疑いの目を彼に向けた。
「題して、暴き腹奇譚。何と白昼堂々、腹の中身が暴かれるという事件の話です」
「そんな猟期な事件があれば、すぐに一流のマスコミが飛んでいくだろう。我が社のような三流ゴシップ誌が立ち入る隙はないぞ」
「もちろん、単に白昼堂々、腹の中身が暴く猟奇事件が起きただけなら、普通のニュースネタで奇譚にはなりません。実は、もっと不思議なことがあるんですよ」
「ほう。どんな不思議だ?」
「血が一滴も流れていないんですよ」
「まさか人形の腹の中身をえぐり出し、ってオチじゃないだろうか」
「違いますって」とボケ太は力説した。「僕はそんなつまらないネタを拾ってくるわけがないでしょう?」
前回のこともあるし、どうだか分からないなと、私は思った。しかし、人形でもないとすると、いったいどういうことなのか。私は少しだけ気を引かれた。
「で、現場はどんな様子なんだ?」と私は聞いた。
「現場は洋モノのレトロ パソコン ゲーム屋の前なんですけどね。何せ人通りも少ない裏道だし、その上、休日になると怪しげな露店も出て、海賊版パソコンソフトなんかも売られている場所らしくて」
「露店はいいから話を要点を言え」
「はいはい。編集長はせっかちなんだから。そこにですね、平日の午後になると女子高生が何人も集まって、キャーキャー言いながら腹を切り開いていると言うんですよ」
「女子高生だって?」
「そうそう。あの箸が転がっても笑う女子高生です。けっこう世間知らずで残酷なところもありますからね。腹をグサッとやる感覚がウケてるんでしょう」
私は少し寒気を感じた。「まさか……。女子高生がまわりの大人達や警察を身体で買収して、事件にならないようにしているとか言うなよな」
「やだなぁ、身体で買収? 編集長は発想がエッチなんだから」
「じゃあ、何かオカルトな儀式で呪いを掛けているとか。そうかオカルトなら血が流れないのも納得がいくぞ」
「違います。いたって健全なものですよ。いや、レトロなマウスを握る手つきがちょっとエッチでドキドキかな?」
私は1つの単語を聞いた瞬間、嫌な予感がした。
「マウス?」
「やだなぁ。編集長、マウスも知らないんですか? もちろんネズミじゃないですよ」
「マウスというのは、パソコンにつなぐあれか?」
「当然じゃないですか。現場は洋モノのレトロ パソコン ゲーム屋って説明したでしょう?」
「まさか……」私の頭の中に、昔聞いた話が蘇った。
かつて、アメリカのパソコンゲームに手術を行うものがあったと。つまりマウス操作で腹を切って開くゲームだ。
「それは昔のパソコンゲームの話じゃないだろうな」と私はボケ太をじっと見据えながら言った。
「もちろんですよ! 他のいったい何だと思ったんですか?」
「もったいを付けないで最初からそう言え!」私の蹴りが、ボケ太に決まって、ボケ太の身体が軽やかに宙を舞った。
「もう一度取材に行ってこい」と私は出口をまっすぐ指さした。
「けっこう面白いと思うのに、編集長の注文は厳しいなぁ」と宙を舞ながら他人事のようにボケ太がつぶやいた。
アキハバラ奇譚ズ 第3話 『あ、キハ、バラ奇譚』に続く
(遠野秋彦・作 ©2004 TOHNO, Akihiko)
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