アキハバラ奇譚ズ 第8話 『騾馬は安芸奇譚』より続く
「編集長! 今度こそ素晴らしい奇譚を発見しました!」とボケ太が編集部に息を切らせながら飛び込んできた。
「また落語のオチのついた話じゃないだろうな」
「やだなぁ、編集長」とボケ太は大きく首を横に振った。「今回は凄くマジです。どれぐらいマジかというと、大好きな古野家の牛丼を食べないで我慢して取材に専念したぐらいマジです」
「それは我慢したのではなく、売っていなかっただけだろう。狂牛病問題で古野家の牛丼はずっと発売停止状態だ」
「まあまあ、細かいことは気にしないで。ともかく、僕の話を聞いて下さい。ついに見つけましたよ、嘘のような本当の話。題して、牙は粗奇譚」
「牙? 動物の口とかに生えているあれか?」
「そう。その牙です。象の牙、象牙って奴ですよ」
「象牙か。昔、ひい爺さんが海外旅行で買ってきたが戦災で燃えてしまったと聞いたことがあるな。で、その象牙がどうした?」
「アキハバラの裏道でそれを売ってた奴がいたんですよ」
私は首をひねった。それがどうして奇譚になるのだろうか。
「電気街で象牙を売っているから奇譚だとでもいうのか?」
「何を言っているんですか、編集長」とボケ太はグイと顔を私の方に寄せてきた。思わず私は顔を引いてしまった。いつものボケ太では考えられない迫力だ。
「な、なんだというんだ」と私は焦りながら答えた。
「象牙と言えば、ワシントン条約で取引が禁止されているんですよ。それを束にして担いで売りに来る奴がいるんですよ。明らかに犯罪行為です。そもそも金を出しても手に入らない代物です。もちろん、アフリカ人が密漁で手に入れた象牙を売りに来たと言うのなら、話は分かります。ですが、そいつは平凡な日本人で、外人アレルギー。ドルの紙幣も見たこと無いという生粋の日本人です。そんな奴が、どこから象牙を手に入れられると思います?」
「そ、そうか」と私は取り繕った。もちろん、ワシントン条約のことは新聞で読んだことがある。咄嗟に、象牙と言われてひい爺さんの記憶が出てきたために、それと結びつかなかっただけなのだ。
「しかしですね」とボケ太は言った。「その象牙、表面が粗すぎるんですよ。明らかに象の牙では無いんです。ちょっと知識がある人が見れば偽物なのは一目瞭然。つまり、彼が売っていたのは、象牙ではなかったんです」
「なんだ、偽物か」
「そう。あまりに、あからさまに偽物と分かるので、ほとんど売れなかったそうです。仕方なく値下げして二束三文で売ろうとしましたが売れません。ところがですね。それを買おうという人達が急に何人も来るようになったそうなんですよ。みんな、それなりのインテリに見えながら、まるで野外でいつも仕事をしているかのように日焼けしていたそうです。象牙の塔にこもった学者にも見えないし、かといって肉体労働者にも見えません。そんなタイプの連中が、何人も来て、奪い合うように偽物の象牙を買っていったそうなんです」
「怪しいな」
「でしょう? 偽物の象牙。それを奪い合うように買う正体不明の人々。これを奇譚と言わずして何を奇譚と言いますか?」
「で、オチは何なんだ?」
「は?」
「いつもなら、そろそろオチが付く頃だと思ってね。何かまだ言っていないことがあるだろう?」
「オチは無いと最初に宣言したじゃありませんか。信用がないんだなぁ。今回は本当に何のオチも用意していません!」
「では信じていいんだな?」
「はい! 僕も男です! 信じて下さい!」
「よし、良くやった」と私は立ち上がった。「すぐアキハバラに出向いて、もっと詳しく取材するぞ」
「はい、お供します、編集長!」とボケ太は嬉しそうにジャンプした。
私はボケ太を引き連れて部屋を出た。
「タクシーで行きましょうよ」と哀れな声をあげるボケ太を引き連れて、私は電車に乗り込んだ。通俗ゴシップ雑誌には好きなだけタクシーを使う予算などありはしないのだ。
アキハバラに向かう電車に乗り込んで、ホッと一息ついて見上げると、大手週刊誌の宣伝が垂れ下がっていた。
私は何気なくそれを見た。
いちばん大きな見出しがこう告げていた。
『庭から恐竜の骨がザクザク。気付かないで象牙としてアキハバラで路上販売。日本では初発見の貴重なフキホラサウルスの牙の化石として、古生物学者達がこぞって二束三文で買いたたき!?』
私の顔からサッと血が引いた。
まさか。これはボケ太の見つけてきたという話では。しかも、恐竜の化石だと? 買いに来ていたのは古生物学者? もし、いつも発掘現場で地面を掘っている古生物学者なら、学者でありながら屋外で日焼けする労働を行っているだろう。まさにボケ太の言った通りの人物像だ。
しかし、万が一ということもある。確認は必要だ。
「ボケ太……」と私は宣伝を指さした。「まさかあれがおまえの見つけた話題じゃないだろうな」
「ははは。まさか。十日前に聞き込んだばかりの新鮮なネタですから、他の雑誌が取り上げるはずは……」
「こっちは月刊誌だが、あっちは週刊誌だ。七日で次の号が出るんだよ。十日も前に聞いていたのなら、とっとと報告をせんか!」私の蹴りが決まって、ボケ太の身体が軽やかに宙を舞った。
周囲の乗客達が目を見開いてこちらを見ていたが、それに構ってなどいられなかった。
「もう一度取材に行ってこい」と私は
丁度駅に到着して開いた扉をまっすぐ指さした。
「こんな恥ずかしい姿を他人に見られるのはカ・イ・カ・ン」と吊革につかまりながら宙を舞うボケ太は嬉しそうにつぶやいた。
アキハバラ奇譚ズ 最終話 『破棄あらば奇譚』に続く
(遠野秋彦・作 ©2004 TOHNO, Akihiko)
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