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2004年10月28日
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アリスの風邪

Written By: 遠野秋彦連絡先

 アリスは溺れてた。

 彼女を包む過剰なまでの幸運に。

 それは、秋から冬に変わろうという季節のある日のことだった。

 アリスは風邪で苦しんでいた。

 季節の変わり目で風邪気味だったところで、無理をして外出をしたものだから、風邪をこじらせてしまっただ。

 ところが、苦しんで寝ていたいというのに、次から次へと彼女を訪れる者達があった。

 最初は、クラスメートの少女だった。とはいえ仲が良いというわけではなく、むしろアリスをいじめる側と言っても良いぐらいの迷惑な相手だった。

 アリスが少女に最も腹を立てたのは、少女がコレクションしている東洋のマンガのコレクションを見せられた時だった。その中に、アリスが大好きだった美形美少年だらけのジャパニメーションの原作本があって、ぜひ見てみたいと思った。しかし、少女は汚れるだから駄目だと言い、意地悪げにアリスが延ばした手を叩いた。

 ところが今日は、そんな意地悪な態度は影を潜めていた。そして、あの日はちょっと気分が悪いことがあって八つ当たりしてしまった、と謝ったのだ。そして、ぜひ読んでくれと言い、アリスが見たかったマンガの全巻と、それと同じ作者の作品や、同ジャンルの作品など、百冊余りをどさっと置いていった。

 アリスは意外な展開にあっけに取られた。そして、ぜひマンガを見たいと思ったが、風邪のせいで頭痛がしてとても読める状態ではなかった。

 早く風邪を治そうとアリスが寝ていると、今度は隣のお兄さんが来た。隣のお兄さんはオーディオマニアで、彼のリスニングルームで聞かせて貰ったモーツアルトは絶品だった。アリスが持っている子供っぽいMDプレイヤーとの落差に愕然とするほどだった。自分の部屋にも、こんな凄いオーディオが欲しいとアリスは思ったが、アンプだけで大卒初任給の3倍と聞いて目が眩んだ。隣のお兄さんは資産家の息子だから、それぐらい何でもないのだろうが、アリスはサラリーマンの娘でしかなかった。アリスがバイトした程度では買えないどころか、パパですらそう簡単には買えないだろう。

 ところが、隣のお兄さんは、アリスが断念せざるを得なかったオーディオセットをアリスの部屋に運び込んできたのだ。

 そしてお兄さんはアリスに言った。

 画期的な新型のオーディオシステムを買ったから、これは君にあげるよ。これの価値をいちばん理解してくれているのは君のようだからね。

 更にお兄さんは、音響の話や電源の強化が必要という話もしたが、風邪で朦朧としたアリスは聞いていなかった。ただ、はやく風邪を治してこれでクラシックを聴きたいと思っただけだった。

 その後はママだった。バーゲンだったからとアリスが欲しかった服を何着もまとめ買いしてきた。これは、何年に一度あるかないかというママの大盤振る舞いだった。お願いしてできることではなかった。本当に運がよいとしか言いようがない事態だった。

 アリスの部屋はもはや足の踏み場も無かった。膨大なマンガ本。アリスが抱えるほど大きなスピーカーを含むコンパクトではないオーディオセット一式。そして、天井からはきらびやかな服が何着も下がっていた。

 その後も、来客は止まらず、アリスの部屋はアリスが欲しかったもので、溢れていった。その中には、大好きなバイオリン演奏家のサイン色紙のようなかさばらないものもあったが、果物のゼリーの缶詰の山は、わずかに露出していた床を全て埋め尽くした。

 さすがにそれを見かねたママが物の山を整理したので、やっとアリスはトイレにも行けるようになった。

 翌朝、アリスは風邪が治り、すっきりと目覚めることができた。いつも通りの日常が戻り、欲しかったものが次々持ち込まれるという事態も起きなかった。アリスは一生に1回ぐらいは不思議な日もあるものだと思った。

 それからしばらく、何事もない日々が続いた。

 ある日、アリスは、新聞を見ているパパが、うちにも幸運風邪が来ないかな、とつぶやいたのを聞いた。

 幸運風邪って何だろう? とアリスは首をひねった。新聞に書いてあった言葉だろうと思ったが、アリスは新聞を読まないのだ。

 あら、幸運風邪って何かしら? とママが言った。

 いやね、掛かると幸運が訪れる風邪があるらしいんだ。このあたりの地域で流行っているらしいよ。とパパは言った。

 するとママは答えた。それならアリスが掛かったじゃない。この前、風邪を引いた時に、アリスが欲しいものが全部部屋に来たって。

 それを聞いたアリスはやっと気付いた。

 そうか、あれが幸運風邪なのか、と。

 アリスは興味を持って、パパの新聞を覗き込んだ。

 すると、驚いたことに幸運風邪の経験者として載っている者達の中に、風邪の日にアリスの部屋を訪れた者達が何人もいるではないか。彼、彼女らが、アリスの幸運風邪を移されたことは間違いないだろう。

 そしてもう1つ、幸運風邪は引き続けている限り幸運が続くので、風邪を治さないように努力している人までいるという話に驚かされた。アリスは、一生懸命風邪を治そうとしたが、それは幸運を逃がす行為だったのだ。

 アリスは必死にもう一度風邪を引こうとして成功したが、それはただの風邪だった。その行為によって手に入れたのは、ママの笑いと、アリスのことは何でも心配なパパのお節介な看護だけだった。

 アリスがそんなことをしている間に、幸運風邪は世の中に広まっていった。幸運風邪の感染者は、風邪を移してやるというだけで大金を稼げた。もっとも、幸運風邪の力があれば、金が欲しいものは金に不自由することはなかったから、それは人間の貪欲さの表れと言えるかも知れない。

 やがて幸運風邪は企業間の競争の道具としても導入された。社員にできるだけ多くの幸運風邪患者を揃えれば、それだけ企業に幸運がもたらされる確率が高くなるのだ。

 そして、ついには幸運風邪は軍事や、国家戦略にまで使われるようになった。不景気にあえぐ国は、好景気を切に願う国家元首に幸運風邪を移せば、景気が即座に回復した。

 もはや、努力という言葉は死語になった。

 何でも、幸運風邪の力を使えば達成できるのだ。

 多くの識者は、幸運風邪などあり得ないと主張した。運があれば不運もあるのが世の中である。相反する利害を持った者達の双方に幸運が訪れることは矛盾となりあり得ない、という主張も見られた。しかし、それらの良識ある意見は、目の前で続く幸運現象の前では大きな説得力を持ち得なかった。

 そして、医学の進歩は、好きなだけ幸運風邪を引き続けることができるような医療技術の進歩をもたらした。それは、幸運風邪に掛かった研究者の手に掛かれば、いともたやすいことであった。

 それと同時に、幸運風邪がどこから来たのかの研究も進んだ。全ての患者の感染源を辿った結果、最初の幸運風邪の感染患者はアリスであることが突き止められた。

 はたして、アリスはどうやって幸運風邪を感染したのか。

 その日、アリスに起こった出来事が、何度も繰り返しヒアリングされた。

 その日の経緯はこうだった。

 秋から冬に変わろうという季節のある日、アリスはパパが務めている超子力発電所の見学を行う予定になっていた。しかし、パパの職場に訪問するという興奮に前夜は寝付けなかったアリスは夜更かしし、それによって風邪気味の状態になっていた。この段階で、その風邪が幸運風邪ではなかったことは間違いなかった。アリスには何の幸運も訪れていなかったからだ。そして、アリスは風邪気味のまま、無理をして超子力発電所に行った。

 超子力についてはまだ未知の部分が多く、研究者達が研究を続けていた。しかし、石油が枯渇し、原子力も危険すぎるということで、見切り発車的に超子力発電所が運転されていたのである。

 もしや、そこで何かがあったのではないかと思った研究者達は、超子力発電所の運転記録を調べた。その結果、研究者達は、超子をバケツで注ぎ足すという規定違反が行われていることを知った。更に、アリスが訪問した日、バケツ一杯の超子を超子力炉の部屋にぶちまけてしまった事件があったことも明らかになった。

 微細な超子の一部は、防護壁の分子の隙間を通り抜け、見学に来ていたアリスにまで届いた可能性がある。そして、超子がアリスの体内にあった普通の風邪ウィルスを幸運風邪に突然変異された可能性が出てきた。

 それが公表されると、超子力発電所に潜入して、バケツ一杯の超子を浴びる馬鹿が続出したが、もちろん幸運風邪は生まれず、彼らの遺伝子に障害が発生して長期入院する羽目になっただけだった。幸運風邪が、非常にレアな幸運によって生まれた突然変異体であることは明らかだった。

 さて、幸運風邪が生まれた理由は、非常にレアな幸運という結論が出てしまうと、もはやそれ以上の追求に意味はなかった。

 それにより、研究者達の興味は薄れていった。というよりも、恒常的に幸運風邪を引き続けていれば何でも欲しいものが手に入るので、熱心に何かを努力するという行為そのものが無意味になったのである。

 人々はもはや労働することも学校に通うこともなくなった。ただ、風邪を引いて寝ているだけで何でも願いが叶うのだ。それなのに、なぜ努力する必要があるというのか。

 しかし、アリスを始め、一度幸運風邪に掛かってそれを直してしまった者達は、身体に免疫ができてしまい、もう一度幸運風邪に掛かることができなかった。

 仕方がないので彼らは努力して生活するしかなかった。アリスは、大好きなパパのいる超子力発電所に就職した。普通なら理科嫌いを公言するアリスが就職できる場所ではないが、何せ真面目に就職しようと言う者達の数が激減したので、潜り込むのは容易だった。

 しかし、意外なことにアリスは10年ほどで立派な一人前の超子力研究者に育っていった。地道にコツコツとデータを積み上げていく作業は、むしろアリスにとって取り組みやすいことであったのだ。超子力理論は、アリスや他の研究者達の協力によって、打ち立てられた。

 発表記念パーティーでたくさんの人達からアリスは研究者仲間と共に祝福を受けた。

 そのパーティーから帰宅したアリスは、隣のお兄さんからもらったオーディオでモーツアルトを掛けながら、幸運風邪を引いた日のことを思い出していた。

 そこで、ふと疑問が生じた。

 アリスらの超子力理論からすれば、あの日、超子力発電所でぶちまけられたバケツ一杯の超子は、急速に超子反応を引き起こして大爆発を起こしたはずではないか。もしかしたら、あの日、爆発が起こらないで代わりに幸運風邪が生まれたのは、紙一重の偶然ではなかったのか。

 アリスは、すぐにメモ用紙の裏側に数式を書き付けて計算してみた。

 すると、あまりに予想外の結果が出た。大爆発どころではない。一瞬で、地球そのものが蒸発するほどのエネルギーが発生していたことになる。

 これはいったいどういうことなのか。

 死んだはずのアリス達が生きていて、蒸発したはずの地球もあるというのはどういうことなのか。

 アリスは考えこんだ。

 そして、全ての矛盾を解消する最も単純な説明に到達した。

 識者が矛盾していてあり得ないと主張した幸運風邪は実在しない。そして、地球もアリス達も、既に実在しない。実在しないアリス達だからこそ、実在すれば矛盾する幸運風邪を引くことができたのだ。

 これで全ての矛盾は解決できた。

 しかし、解決は次の疑問を発生させた。

 では、こうして自分が実在しないということを考えている自分は誰だろう、とアリスは思った。

 ふと顔を上げると、窓の外に、羽の生えた子供が見えた。子供は悪戯っぽい微笑みを浮かべながらアリスを見ていたが、アリスが視線を向けると一瞬で姿を消した。

(遠野秋彦・作 ©2004 TOHNO, Akihiko)

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