君は知っているか。
美しく可愛く献身的な少女達からなるメイド達。
そして彼女らのご主人様となるオターク族。
その2種類の住人しか存在しない夢の中の世界を。
ある者は、桃源郷と呼び。
またある者は、狡猾なる悪魔の誘惑に満ちた監獄と呼ぶ。
それは、どこにも存在しないナルランド。
住人達がボックスマン・スーフィーアと呼ぶ世界。
そして、悪魔と取引したたった一人の男によって生み出された世界。
第1話より続く...
クスクスと笑う声が聞こえた。
メイは、ハッとしたが顔を上げてその方向を見ようとはしなかった。
もう分かっている。
メイのメイド服を噂して笑っているのだ。
恥ずかしかった。
とてもとても恥ずかしかった。
この控え室の中には、今、メイと同年代のメイド少女達しかいなかった。皆、今日初めてご主人様と対面することになるメイドのタマゴ達だ。つまりは、メイと全く同じ立場の少女達ということになる。彼女らは、初めて公式に身に付けるメイド服を誇らしげに着ていた。中には、まだそれが似合っているとは言い難い少女達もいたが、彼女らの晴れ晴れした表情を見れば、それは些細な問題と思えるだろう。
その中で、メイの存在は浮いていた。
その理由は、メイのメイド服がメイン・ティーのお古だったからだ。しかし、本当に恥ずかしいのは、それがお古だからではない。今メイのいるメイド出会いセンターは、ボックスマン・スーフィーア世界の辺境の田舎にある小さな施設に過ぎない。そのような場所で、新たにメイドとして奉公に上がろうという少女達の全員が、新品のメイド服を用意できるはずもなかった。また、新品のメイド服でも、安物の粗悪な服も多かった。古くても、上質の布地と仕立てで仕上げられたメイン・ティーのメイド服は、その点でけして見劣りするものではなかった。
それにも関わらず、メイが浮いてしまったのは、服の流行センスの問題だった。いかに安物であろうと、1~2年前に作られた古着であろうと、新しいスマートなデザインの系統に属していれば、彼女らは大きな問題とは見なさなかった。しかし、メイン・ティーのメイド服は、2世代前の野暮ったい流行に沿ったものであり、今時の少女達の立場からすれば、恥ずかしくて着られたものではなかった。つまりは、遥か年上の年配メイドが喜んで着るタイプのメイド服のように見えたのである。
唯一の救いは、この場にいる誰もメイのことを知らないことだった。メイが、メイドのプリンセスであること、つまり、全メイド達の模範となり、進むべき道を示すために存在する特別な一族の一員であることを誰も知らない。
メイン・ティーは、それを実現するために周到な準備をしていた。
彼女は、メイと初めて会った晩にこう言った。
「王族を示す、メイディーという姓は伏せさせて頂きます。一般メイドが使う姓、メインを使って、メイン・メイという名で修行の奉公に出て頂きます。そして、初めてのご主人様と出会う場として、メイ様の顔をご存知の方のいない地方の出会いセンターを使わせていただきます」
その言葉を聞いた時には、メイは反射的に甲高い悲鳴を上げたものだった。
しかし、今はメイン・ティーの配慮に感謝している。おかげで、王族の名に泥を塗らないで済んでいる。
どこか遠くから低く恐ろしげな声が聞こえてきた。
「むぉえぇーーーーー」
メイはハッと窓の外に目を向けた。
しかし、そこからは建物の中庭が見えるだけだった。
気のせいかと思って、他の少女達を見ないように再び視線を床に戻すと。
また、低く気持ちの悪い声が聞こえた。
「めいど、むぉえぇーーーーー」
その声は1つではなかった。
「ばーじんめいど、むぉえぇーーーーー」
「ろりめいど、むぉえぇーーーーー」
「きょにゅうめいど、むぉえぇーーーーー」
更に多くの気持ちの悪い低い声が唱和した。
「むぉえぇーーーーー」
「むぉえぇーーーーー!」
「むぉえぇーーーーーっ」
「むぉえぇーーーーー!!」
ふと気付くと、他の少女達も話をやめ、互いに手を握り合いながら、恐怖の表情を浮かべていた。
「あれは何?」と少女の一人が言った。
「ご主人様かな……」と別の少女が言った。
「なんてことを言うのよ!」と別の少女がヒステリックに叫んだ。「私たちのご主人様が、あんな気持ちの悪い声で吠えるわけないでしょ!」
「でも、今夜、ここにはメイドとご主人様以外は来ないはずじゃ……」
「私聞いたことがある」と利発そうな眼鏡を掛けたショートヘアの少女が言った。「生け贄メイドの話。この世界の闇を支配する怪物に捧げられるメイド達がいるって」
「な、何よそれ」と一番気弱そうなおかっぱの少女が怯えた声を上げた。
「くじ引きで決められた運の悪い出会いセンターで行われる初出会いの儀式には、白馬に乗ったご主人様の代わりに、箱を頭に被った気持ちの悪い怪物がやってきて、まるでご主人様であるかのようにメイドを選んで連れ帰るんだって」
まさか!
メイはそれを聞いて青くなった。
正体を隠すためにわざわざ来た地方の出会いセンターが、まさかそれだとは……。
第3話『君よ、萌えとなりたまえ!』へ続く....
(遠野秋彦・作 ©2005 TOHNO, Akihiko)
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