2005年04月22日
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やっと分かった拙作「平成の悪夢」の主人公の名前が「無田」でなければならなかった理由

Written By: 遠野秋彦連絡先

 2003年9~10月に平成の悪夢という小説を公開していますが、これはもっと以前に構想して手を付けていたものです。最も古いメモのファイルの日付が2001年5月5日なので、少なくともその日付かそれ以前に構想されたものです。

 ところで、この作品の主人公は、無田百吉という名前を持っています。

 ここで少々奇異なのは、無田という姓です。

 書いている本人ですら、やや違和感を持っていました。それでも、どういうわけかこれが最善の名前だという気がしたのでそれを採用しています。

 しかし、2005年の今になってやっと分かりました。

平成の悪夢を見ている世界とは §

 作中の世界、つまり平成の悪夢を見ている(と思っている)人間達が生きている世界は、いわば異なる歴史を辿った平行世界、パラレルワールドです。

 では、どのような歴史を辿ったのかというと、戦国時代の武士政権が完膚無きまでに叩きのめされ、その後、民衆レベルの自発的な活動が日本という国家を再建しています。その際、天皇を旗印とし、武士が政権を取る以前の国家を理想として、それを模倣するような形に再構築されています。つまりは、天皇が国家の頂点に立ち、軍事も全て掌握するという国家形態です。国家を成立させる原則は、律令制が理想となるかもしれません。

 もちろん、一度は完膚無きまでに崩壊した日本で起こるムーブメントである以上、過去の伝統を真に継承した国家建設ではあり得ないでしょう。おそらくは、気分的に過去の制度を回復したいと思いつつ、実質的には全く別個の制度が構築されたと考える方が自然でしょう。

 しかし、国家の気分として、全ての国民成人男性に「田」を支給して稲作をさせるという理想主義を掲げることはあり得るでしょう。

 つまり、「田」を持ち、国家への義務を果たすことは、一人前の日本国民であるというアイデンティティとなります。

 実際には一人一人に「田」を支給するのは困難でしょうから、既に所有する「田」を国家から支給されたという建前で追認し、それを世襲するような形になるかもしれません。

 しかし、気分的には、「田」があって初めて一人前の国民というムードになってもおかしくはないと思います。

 さて!

 そこで問題になるのは、全ての成人男性に「田」を持たせることは不可能であることです。それだけでなく有害ですらあります。あらゆる成人男性が稲だけを作っていて、社会が上手く動くはずがありません。野菜も作る必要があるし、海に面した場所なら漁業もやるでしょう。その他、交通や交易などの仕事も必要です。

 そういった業務に従事する田を持たざる者達は、農本主義の国家の建前から見れば不適切ではあるものの、社会や国家には必須の存在となります。そして、彼らは収益基盤を国家に依存しないことにより、より大規模かつ高効率の立場に立ちうる可能性を持ちます。それを活用して蓄財し、より強力な力を行使しうる層に成長していく可能性も考えられます。

田を持たぬ者であることを積極的に誇示する姓 §

 そのような層の者達が名乗る姓として、「無田」という名前はあり得る名前ではないか、という気がしてきました。むしろ、田を持たないことこそが、一種の誇らしさにすらなり得ます。そのような状況で、田を持たぬ者であることを積極的に誇示するために、「無田」という姓を名乗りたいと思うこともあり得るかも知れません。

 つまり、この小説の主人公は、そのような一族の末裔であると考えることができます。

 むしろ、そのような一族の末裔でなければならない、とすら言えます。

 なぜなら、無田百吉は貴族の娘に歌を詠んで求愛し、それが受け入れられて夜這いを続けているからです。建前上国家権力に結び付く貴族階級に対して、そのような大胆不敵かつ不埒な行動が可能であるというのは、たとえ建前であっても国家から「田」を与えられた農民ではあり得ません。つまり、「田」を持たぬ者の末裔である「無田」であればこそ、可能な行動であると解釈できます。

 裏を返せば、主人公がそのような歴史的立場を背負った者であることを暗示するために、「無田」という姓を名乗る必然性があったと言うことです。

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