君は知っているか。
美しく可愛く献身的な少女達からなるメイド達。
そして彼女らのご主人様となるオターク族。
その2種類の住人しか存在しない夢の中の世界を。
ある者は、桃源郷と呼び。
またある者は、狡猾なる悪魔の誘惑に満ちた監獄と呼ぶ。
それは、どこにも存在しないナルランド。
住人達がボックスマン・スーフィーアと呼ぶ世界。
そして、悪魔と取引したたった一人の男によって生み出された世界。
前回のあらすじ §
いよいよ、メイがご主人様に指名される時が来た。メイは願った通り、白きプリンスやレッド・ダンディのメイドになれるのだろうか?
それとも、無気味なボックスマン、鉄鎖のメイドになって単なる労働力としてこきつかわれるのだろうか?
全てはアピールタイムで何をアピールできるかに掛かっているのだ!
第8話より続く...
第9話『私を選んで! 仕事や芸をアピールする新人メイド達』 §
ご主人様、私を選んで!
その気持ちを一人ずつぶつけるためのアピールタイムは、それまでの時間と比べれば遥かに楽であった。
ステージ上で何をするかは、誰もがみっちり練習済みであったし、その間、ご主人様達は見ているだけである。たまに質問が飛ぶ場合もあるが、それはたまたま質問を受けた運の悪い少数のメイドだけの問題であった。
メイド達は、それぞれ、様々な工夫をこらして、自分をアピールした。
そのアピールの方向性は大きく分けて3つあった。
1つ目は、もちろんメイドとしての仕事にいかに優れているかを示すこと。その場で綺麗にほうきを使ってみたり、優雅に給仕する姿勢を見せたりする。
2つ目は、メイドの仕事よりも、ご主人様のお気に入りのメイドになることを重視し、歌や踊り、芸事などをアピールするタイプだった。もちろん、歌や踊りはメイドの本分ではないと言われていたが、何人ものメイド達が並んでいる中で選ばれるためには、この種の付加価値は有効であるとも言われていた。いかに、メイドの仕事がうまくこなせようと、選ばれなかったメイドはそれを活かす場面がないのである。
最後の3つ目は、仕事も芸もなく、ただ可愛さによってアピールしようとするタイプであった。これは、あまりにハイリスクの賭けと言えた。よほど自分に自信があるか、あるいは仕事も芸もものにならなかったメイドが、最後の賭で取り組むやり方であった。
ステージの脇で順番を待ちながら、メイはそういったメイド達のアピールを見ていた。それらは、おおむね、メイの予測の範囲内にあった。
しかし、予想が外れたのは、それらを見ているご主人様のリアクションだった。
メイは、何となく、仕事をアピールするタイプが最もご主人様に好まれ、それに次いで芸事タイプ。最後に可愛さタイプだろうと思っていた。もちろん、メイドが単なる労働力であると思ってのことではない。メイドは、メイドの仕事を通じてご主人様に愛されるのが、メイドのあるべき姿だと考えていたからだ。
だが、現実は違った。最もご主人様が喜ぶのは、可愛さタイプであり、次いで芸事タイプ。仕事をアピールするタイプは、最もリアクションが低調だった。
それに気付いてメイは焦った。
メイも、仕事をアピールする予定だったからだ。
メイは思った。
芸を見せようか。
メイも、歌や踊りはみっちりと仕込まれている。特に得意というわけではないが、中の上か、上の下ぐらいには達しているはずだった。それは、芸事を見せる他のメイド達に遜色ないレベルであるはずだった。
あるいは、可愛さでアピールしてみようか。この古いメイド服で可愛さを印象づけるのは難しいような気がしたが、もしも鉄鎖の言うとおりこれが特別なメイド服であるなら、メイド服でメイが選ばれる可能性がある。
いや、それは駄目だ。メイではなくこのメイド服が選ばれたのでは、わざわざここにメイが出てきた意味がない。これは、あくまでメイが選ばれるためのステージなのだ。
メイの肩にそっと手が置かれた。
はっと見上げると、横にティーが立っていた。
「大丈夫。予定通りになさい」とティーは小声で言った。どうやら、ティーにはメイの混乱はお見通しだったらしい。
「でも……」とメイは反論しようとした。
「よく見なさい。白きプリンスとレッド・ダンディは、メイドとしての仕事ぶりに注目しています」とティーはメイの耳にだけ届くような小さな声で言った。「あの二人は、仕事ぶりに納得したメイドしか指名しないタイプです……」
「なぜですか? メイドが労働力だからですか?」
「いいえ、それが彼らのロマンだからです。働く可憐なメイド達との間で持つ甘いロマンスが望みなのです。ただ可愛いだけのメイドでは、彼らの微妙なロマンは満たせません……」
ハッとメイはティーの顔を見つめた。
まさか、ティーは始めからこれを全て予測していたというのか。
この古いメイド服を着せたのも、地方のこの出会いセンターを選定したのも、アピールタイムに仕事ぶりを見せるように決めたのも、全ては白きプリンスやレッド・ダンディにメイを選ばせるためだというのだろうか。
「さあ、自信を持ってお行きなさい」とティーはうながした。
いつの間にか、ステージの上から人影は消えていた。既にメイの出番が回っていたのだ。
あまりに唐突で、メイの頭は真っ白になった。
それでも体は最初の一歩を踏み出した。
スポットライトがメイを眩しく照らし出した。そのせいで、目の前に並んでいるはずのご主人様がよく見えなかった。
喉はカラカラで声も出なかった。
最初に何をするのか、手順も頭から消し飛んでいた。
心のどこかで、アピールしなければ、と叫んだ。
しかし、何をして良いのかが、全く分からなかった。
焦る心だけが空回りした。
続く.... §
やっと訪れたアピールタイム。
ご主人様に気に入られるために、仕事ぶりをアピールしなければならないのに、メイの頭は緊張で真っ白になっていた。
はたして、メイは意中の白きプリンスやレッド・ダンディに指名してもらえるのか!
次回に続く!
(遠野秋彦・作 ©2005 TOHNO, Akihiko)
★★ 遠野秋彦の長編小説はここで買えます。